このブログを検索

2011年4月28日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習A」 第3回 プラトン『プロタゴラス』

対象文献:
プラトン,中澤務(訳),2010,『プロタゴラス』,光文社古典新訳文庫



最初に念のため注記しておきますが、学部1年生のゼミです。さて・・・

報告者1は、ソクラテスがアテナイ来訪中のプロタゴラスのもとに出向くことになる事情を述べた本書冒頭のシークエンスに注目します。そこでは、有名人キタ━(゚∀゚)━!とはしゃいでいる若者に対して、ソクラテスが、知識というのはいったん得てしまったらとりかえしがつかんぞ!と脅し、プロタゴラスから知識を得る前に、その知識とはどんなものか、特に良いものか悪いものかを確かめておくべきだ、と説くわけです。

ここでは、「人がある種の知識を有している状態」そのものが、良い悪いの判断の対象になっています。報告者1の議論は、この前提に対して、果たしてそうか? と疑問を投げかけるものです。知識というのは、もっているだけではなく、利用してこの世界の状態に変化をもたらして初めて――その状態の良し悪し評価を経由して――良し悪し評価の対象となるのではないか、と。報告者1は、「うそをつく」という知識(というよりは技術でしょうか・・・アリストテレス的には技術というのは普遍的応用可能性をもった知識のことだから・・・むにゃむにゃ)について、塞翁が馬的な事例を出してこのことを示していきます。

報告者2は、愚行・悪行の原因を無知(あるいは効用計算能力の欠如)に還元するプラトン=ソクラテスの議論に対し、「わかっちゃいるけど」やめられない/やってしまうという事態(体に悪いのがわかっていてもお菓子を食べ過ぎてしまう)が存在する以上、無知だけでは事態の説明にならないと指摘します。私は、飛び降りないと焼け死ぬのがわかっているのに怖くて飛べない、という映画でよくあるシーンを想像しました。無知だけでは不十分、という知見にもとづいて、報告者2が出してくるのが「意志の弱さ」です。これについては後述します。

コメンテータ1は、報告者1の、「知識それ自体の評価は不可能、その知識がもたらした結果の評価を経由した間接的評価なら可能」という議論に対して、根本的な難点を指摘します。つまり、知識が結果を生む、といっても、その際に、知識と結果は一対一対応するものではなく、人は複数の知識を同時にもっており、それらを同時に使うことで一つの結果を生み出すのだから――「MVPが存在するというよりは、知識の連携プレーのおかげ」――かりに、結果について一意な評価ができたとしても、そこから思考過程を形成する複数の知識それぞれに対する別個の評価を導くことは困難だ、というわけです。

他方、報告者2に対しては、知識(無知)だけでは不十分、という論点を共有した上で、「意志の強さ(弱さ)」ではなく、補完的に必要なのは「理解」だ、とします。ここでいう「理解」とは、良い悪いを単に知っているだけでなく、良い悪いの価値判断を「心から信じ」ているということだそうです。この点については、良い悪いのような価値判断を、「理解」することなく「単に知っている」という事態が可能なのか、また報告者2のいう「意志の強弱」との関係はどうなるのか、という点が気になるところです。

コメンテータ2は、学部時代に印哲を専攻し、卒業後も洋の東西を問わず哲学の勉強を続けてきたそのキャリアを活かし、二人の報告者の議論を、東西哲学史の中に位置づけたうえでその限界を指摘する、という、なんだかすごいことをしています。

コメンテータ2が両報告者の議論を高く評価するポイントは、両者ともが、現象を原因/結果の2つに分割することの帰結を、ソクラテス以上に正しく、粘り強く捉えているということにあります。2つに分割されたものに対し、良し/悪しという2分図式で評価を加えるということは、本来は2×2の4通りの可能性を考慮しなければならないのに、ソクラテスは良い原因-良い結果、悪い原因-悪い結果の2通りしか考慮していないこと、そして両報告者はその「頑迷さ・非柔軟さ」に由来する問題点を正しく指摘していることを、評価しているわけです。

そのうえで、報告者1に対しては、「知識それ自体」の評価不可能性、価値中立性を主張する議論は、哲学史的にはナイーヴすぎるのではないかと指摘し、また報告者2に対しては、「良い結果」を生じさせるのに「意志の強さ」だけで十分なのか、個人に帰属可能な性質を超えて、「神もしくは運命という壮大なエネルギー」を考慮する必要があるのではないか、と指摘します。これらはいずれも、重大な論点を含んでいるように思いますが、コメンテータ2の議論は、本来「哲学的」な議論が求められるはずの箇所ですら、「哲学史的」な性格が強く出てしまっており、「哲学的」な消化不良感を覚えたのも事実です。

最後に、司会者は初回であるにもかかわらず、大変立派な司会ぶりで、感心しました。報告、コメンテータについてもそうですが、私が1年生のときはこんなにきちんとはできませんでした。初回にお手本を示してくれてありがたく思います。

私の方からの総括を書こうと思っていたのですが、すでに長くなりすぎているのでこのへんにしておきます。あ、でも一点だけ。「意志」「理解」「神/運命」など、新しい概念を出すときには、聞く人の言語的直観に過剰に依存しないように気をつけることが大切です。この種の概念は、論者による問題設定によって張られる議論空間の中の位置づけを明確に定められて初めて、十分に理解可能になります。言葉を言いっぱなしにするのではなく、自分の概念をできるだけ丁寧に提示していくことを心がけていただければと思います。

以下、出席者の感想。

  • 司会者の進め方が上手で場の雰囲気もよく、コメントが沢山でてきて素晴らしいと思いました。

  • 報告者2人とも、独特の観点から述べていて、一生懸命準備してきたんだなというのが伝わってきました。○○さん[=コメンテータ2]についてですが、神の力とか運命っていうのは災害・天災に関わるということでしたが、では◯◯くん[=報告者2]のお菓子の例にもそういった力は関わっているのでしょうか。もし、関わってないとすれば、やはり意志の力で十分だと思いました。観点それてたらすいません。

  • ○○さん[=コメンテータ2]のコメントにあった、1ページ目の最後の行からの“ただし、~分かれるように思われる”が、私にはやはりあまりわかりませんでした。すみません。また感想としては、もっと本をじっくり読むことが必要だと感じました。色々な人の考えが分かるのは、とても刺激になりました。

  • うまく質問ができなかった。でも、自分が感じた疑問を口にし、「なにをするのが最もよいかを分かっていない」で、悪いことをしてしまうかもしれないことがあるという意見の一致を得られたようであった。

  • 「意志」は知識か。/◯◯さん[=報告者2]の「3.プラトンの主張への違和感」のなかで、「何をするのが最もよいかわかっているのにそれをしない」という文が引用されているが、これはだれの考えなのか。/報告者、コメンテーター、司会者の方達が非常に今後のハードルを上げてしまい、ちょっと困ったが、その分がんばらねばと思った。

  • 正直に、ついていくことができない。これから努力していきたい。

  • 報告者の方々の報告を聞いて、行動をしてその結果を分かっていること=知識だということが分かりましたが、人は行為をするときに目的をもって行動するので、その結果を知らない人、つまり無知な人はいないのではないかなと少し疑問に思いました。みなさんの考えが深く考えられていて、私も早く考えをまとめられるようにしたいです。

  • ◯◯さん[=コメンテータ2]がおっしゃっていた、神についてなんですが、私は『プロタゴラス』を読んでいて、努力(良い知識に基づいた努力:良い結果を見通した努力)が報われないこともあるよなーと思いました。○◯さんはそういう時、神に救いを求めているけれど、他の人はどう考えているのかなーということを思いました。/この質問を考えていたら終わってしまったので、次はすばやくがんばりたい・・・。

  • [コメンテータ1が定義する]「理解」は「ある事柄の価値を認めて、それを実際に行動に移せること」というのがよくわかりません。理解=行動ではなく、理解してやろうとする意志がおこって行動するのではないでしょうか?

  • アレテーが「教えられる」か、「られない」かのどちらか、とか、どんな性質のものなのかと詳しく質問すればよかったと思うので、もう少し詳しく聞きたいです。

  • ◯◯君[=報告者2]の「お菓子」の例えが、本の内容をうまく理解できず、自分なりに解釈できなかった私にはよく理解できた。単純な例えではあったが、このくらいかみくだいて考えると分かりやすいということを教わった。

  • ◯◯君[=報告者1]へ。先生の言っている内容と被りますが、私には必ずしも行動の良し悪しは決めることはできないと思います。決まるとしたら死ぬ直前。でもそれでは決める意味はないですよね。結局、「人間万事塞翁が馬」になってしまい、それから思考することができませんでした。/◯◯君[=報告者2]へ。私には意思の強さの他にも何か要因があると思えました。しかしそれが何であるかは私にはわかりませんでした。

  • ◯◯さん[=報告者1]への質問。「知識を伝授されてただちに変化することはない。」とありますが、考え方や認識は変化するのではないですか?例としては、人は平等だという知識を得て暴動を起こした革命者とか。

  • 報告者1の感想 初めての報告、初めての討論ということで、とても緊張しました。自分の言いたいことが、ちゃんとみなさんに伝わっているのか不安です。でも討論を通じてみなさんの意見を聞けたので、とても良い経験になったと思います。

  • 報告者2の感想 自分の読み込みが甘く、至らなかった考え方が多くあったことが残念であった。それぞれの人の『プロタゴラス』に述べられていることの受け取り方が違っていることが哲学書を読むことのおもしろさだと感じた。

  • コメンテータ1の感想 2人の報告者はどちらもよい報告をしていたと思います。がんばった!司会者も初めてなのにかなり要領よく役割を果たしていたと思いますー。◯◯さん[=コメンテータ2]のコメントは難しかった。自分のコメントは、しっかり考えた結果だったのでよくできたと思います。

  • コメンテータ2の感想 意志をめぐる問題が哲学の歴史全体を通じた中心の意義を担うことを再確認いたしました。

  • 司会者の感想 報告、コメントの皆様、お疲れ様でした!レジュメもわかりやすく、話のペースや声の大きさもいい感じでよかったですよ。至らぬ司会で申し訳ありませんでした。先生も度々の助け舟ありがとうございました。

2011年2月3日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習B」 第14回 鈴木伸元『新聞消滅大国アメリカ』

対象文献:
鈴木伸元,2010,『新聞消滅大国アメリカ』,幻冬舎新書



以下、出席者の感想。

  • 新聞とネットどちらかでいいかどちらもがいいかと言われたとき、私はネットだけでも良いのかなとも思った。手軽だし、最新の情報が出てくるのは、逆に良いことだと思ったので。でも、万人に対して友好的だという点を聞いたときに、どちらもあるべきかもしれないと思った。

  • 新聞がなくなるかもと考えた時、ただメディアの1つの媒体がなくなるだけでなく、色々な問題を抱えているのだとわかった。新聞が社会にうまく合わせていくか、新聞が今担っている役割を請け負う、別の何かが、今後必要になってくるのではと思った。

  • 新聞がなくなったら、どうなるのか考えたことがなかったので、いろいろな人の意見が聞けて面白かった。次回は意見を言えるよう頑張りたい。

  • 「新聞」がなくなりつつある、ということだが、ネットでの配信が進んでいるという。ネットで配信されているものも新聞と読んでしまうのは少し寂しい気がした。これまでの形を失ってしまったものを、それでも「新聞」と呼ぶのには抵抗がある。

  • 新聞は整理されていて、あった方がいいと思うけど、私は日頃新聞を読まないし、ネットの記事も見ない。けど、テレビのニュース番組を見れば最低限の情報は得られるような気がする。

  • 最後の〇〇さんの意見を聞いて、新聞がなくなると地方の情報があまりネットで伝えられなくなったら困る部分もあるんじゃないかと思った。毎日新聞や読売新聞みたいな新聞を読んだことがなかったので、広告の多さに驚いた。

  • 私は新聞とインターネットのニュースは使い分ける人です。ネットのニュースは膨大ですぐに更新されるため、速報として、「そういうことがあったのね」くらいにとらえ、過去のニュースを追いかけて読もうとは思わない。新聞は開いてすぐに記事が目に入るので見やすいし、ネットのようにすぐ流れないのでじっくり読めるようになると思っている。気になった情報があればすぐその面を開けば読めるので、探す手間を考えるとインターネットよりも新聞の方が案外便利な気がする。今回の話は辞書と電子辞書、本と電子書籍の話に似ているような気がする。

  • 来週は発表なので頑張りたい。

  • 新聞とインターネットそれぞれ特性があるであろうが、正確に情報を伝えられるものならばどちらでも差異はあまりないような気がした。

  • 私は新聞は新聞として(紙として)残ってほしい。残るためには何が必要か色々考えた。ひとつは、収入システムを変える、もしくは、何らかの保護をする。ふたつめは、何か新しいアイディアを取り入れる、だ。ブランドの話を利用すれば、人々はみな新聞のよさ、ネットニュースのよさに気付いている。それで新聞ばなれがすすんでいるということは、ネットを要している人が増えているということだと思う。それでも新聞を残すためには、新たな方法を講ずるしかないのかなと思う。あと、ネットでニュース見るのは、新聞をよむより、私にとってはかなり能動的な作業が必要だと感じている。虫めがねとか、ろうがんきょうがある!!!

  • 報告者の感想  ネットと紙の賛否両論があって、自分もまた考えさせられた。10年後にも同じ議論をしたら、私の立場は変わっているかも。反省は、すぐに意見を言葉にして言えなかったこと。分かりづらくてごめんなさい。

  • 報告者の感想  自分の考えの甘さを痛感しました。全然、質問に答えられなくて申し訳ありませんでした。

  • コメンテータの感想  コメントでした。報告者の方とやりとりをしたり、いろんな方のお話を聞いていく中で、新しく疑問に感じたこと(どうしてニュースサイトはもっと見やすくまとめないのかとか)があってたのしかったです。紙の新聞も、ネット上の新聞(ニュース?)もお互いに良い点があると思うので、どちらか一方になったらさみしいとおもいます。

  • 司会者の感想  司会者として、報告者の意見をまちすぎたり、フロアの方にタイミングよくまわせなかったことが反省点です。でも楽しく議論できた点は良かったと思います。

2011年1月27日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習B」 第13回 竹内啓『偶然とは何か』

対象文献:
竹内啓,2010,『偶然とは何か』,岩波新書



以下、出席者のコメント。

  • 「1+1=2」を日常的に使っているからといって必ずしもそれが正しいことの証明にはならないな、と後から思いました。「1+1=2」を証明できないと、現実世界、仮想世界について定義することは無理なのでは・・・と思ったり。

  • 難しい議論でなかなかついて行けなかった。

  • 発言の機会を与えてもらったにも拘らず自分の意見を持ち、発表して議論に貢献することができなかった。次回は必ず自分の意見を持って発表できるようにしたいと思う。

  • 確率論と決定論を関連させた展開は初めて見たので新鮮でした。決定論を宗教的観点以外から見てみるのも面白いと思った。

  • 今回、いつも以上に、頭を使った気がするし、話についていくのでいっぱいいっぱいだったけれど、内容自体は面白かった。司会者は、適当に割りふっていて、場をまとめていたと思う。時々の沈黙は、それほど気にならなかった。

  • 今日すごくむずかしかったです。でも、考えたり、お話したりするとそこそこたのしかったとおもいます。あと先生のレジュメが長くて大変でした。すみません。司会者の方がせっかく用意しておいてくれたのに、うまくこたえられずすみませんでした。カゼうつしたらすみません。

  • 報告内容は面白かったんですけど、頭がついていかず、的はずれな質問をしてしまった気がしなくもないです。みなさん凄いですね。

  • 本の内容がよく分からなかったのと、議論についていけなかったので、あまり発言できなかった。次回は発言できるようにしたい。

  • 本の内容がよく分からなかったのと、議論についていけなかったので、あまり発言できなかった。次回は発言できるようにしたい。

  • 私も数学が不得意なので、本書を読むこと自体に少し苦労したけれど、議論を通して少し確率について考えることができてよかったです。

  • コメンテータの感想 第6節について、他の人から色々な意見が出てきた。自分が用意してきたコメントとは異なるものがあることに気付くことができたという点で満足です。

  • コメンテータの感想 頭が痛くなるような難しい話だったなと思いました。

  • 司会者の感想 思うように議論が広がらず、司会としての力不足を感じた。偶然について考えるだけで、こんなにもいろいろな方向に話をもっていくことができるのかと、先生のレジュメのようなものを作れるようになりたいと思った。


2011年1月20日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習B」 第12回 日本ビジュアルジャーナリスト協会(編)『「戦地」に生きる人々』

対象文献:
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(編),2010,『「戦地」に生きる人々』,集英社新書



以下、出席者のコメント。

  • 情報を知るというのは大事なことだと思うけど、特に、戦争とかに関わる情報というのは、色々と規制されたり、個人や団体の思惑や考えで選択されているのだと思うから、どの情報を選ぶかという能力も必要になると思う。知って、そのあとどうするかというのは、個人によると思うので、人によって違っていいと思うし、正しい何かがあるわけではないと思う。

  • 今回この本を読んで、世界には悲惨な状況にある人達がたくさんいることを知った。行動することは難しいと思うが、まずはいろいろなことを知りたいと思う。

  • こういった議題は「知ることが大切」という結論に至ることが多いなあと思います。たしかに知らないよりは知っていたほうが、自分のためにも周囲のためにも良いとは思いますが、実際、知ったところで何ができるか? という疑問が毎回もやもやと残ってしまいます。

  • 最後に、テレビやラジオなどメディアについての話を先生がされましたが、次の次の発表の私が担当する本に非常に深く関わっているので、興味深かったです。

  • 戦地の現状を知ったとしても、私たちにできることは限られていると思うが、それでも、主体的に情報を集め、自分にできることを考えることが、大切になってくると考える。

  • 自分の考えをはっきりと述べることができて良かった。次回はもっと議論に貢献できるようにしたい。

  • 先日私が観たテレビのニュースでは、コーヒー豆の高騰が問題だといっていました。原因はコートジボワールの内戦による生産の低下だそうです。やはりバカげたテレビは、知的好奇心を満たすような情報を流してはくれないようだ。

  • 戦争に関する資料館に行ったり、地雷除去作業を行っている企業を訪ねたりして、戦争や紛争などに関心はあるし、自分の立場は相対的に幸せだと思っているけども、知っているだけで何もできない自分がいます。知っているだけで、かわいそうだと思っているだけではどうにもならない現実もあるように思いました。募金といってもいろいろなものがあるし、関心があるからといっていつでも協力できるわけもないので、ボランティアやNGOなど、特殊なことをしていない人でも、国際的に協力できる仕組みがあればいいと思います。

  • 私もこの本を読んで、知らなかった事実の多さに驚いた。私自身も読んでもっと各地のことを調べてみようと思ったし、これらの悲惨な現状を多くの人が自分自身のことととらえることができれば良いのではないか、と思った。さらに、自分の生活との違いを実感し、いかに自分がめぐまれているか、周りの環境にどれだけ感謝すべきであるのかを再認識できるのではないかと思った。

  • 私自身あまりボランティア精神を持っていなく、募金とかもしたことがない。今回この本を読んで少し外国の状況に関する情報を手に入れたが、やはり募金をしようという気にもならなかった。知ることで行動にうつす人はいると思うが、みんながみんなそうであるとは限らないということも事実だとも思う。

  • 報告者の感想  自分は今回、テレビをもっと有効に活用していきたいという考えで話を進めていったが、もっと他にもラジオが有効だったという話しをきいて、今度活用してみたいと思った。でも、話し合いを終えてみてもやはり、テレビを活用しないのは勿体ないという思いは強い。(色々事情があるとしても。)

  • 報告者の感想  〇〇さん[=もう一人の報告者]の言った個人のモチベーションが今回の議論にも影響していたような気がしました。モチベーションの差による議論だったように思います。

  • コメンテータの感想  「戦争」という言葉を、かなり無批判に、無検討に遣っていたことを反省した。戦争の定義もよく心得ていなかった。また、メディアの仕組みについても全く知らなかった。あいまいなところが多いままの議論だったので、もっと細部まで、自分の考えをめぐらせたいと思った。

  • コメンテータの感想  みんなに指摘されて、自分の考えが少しうすっぺらかったなと感じた。今回、戦地の状況を知れたことは良かったとは思うけど、実際行動に移すのは難しいことだと改めて思った。

  • 司会者の感想  私はこれからラジオ積極的に聴こうとおもいます! 司会どうでしたか? 話しづらかったですかねみなさん。すいませんでした。みんなさんカゼ治しましょう!


2011年1月19日水曜日

Windowsの「メモ帳」で「右端で折り返す」にすると「右端」で勝手に改行される件について

当方、 Windows Vista を使っておりますが、標題の現象に激しくいらいらして、ググッて調べても、同様の現象が各地で生じていることはわかったものの、どうしたら直るのかが全然わからんかったので、とりあえず実践上はどうしたらいいかについて書いておきまする。



「勝手に改行」は「保存」すると入る

ウェブとかWORDとかの、修飾とか書式がついたテキストを、ただの(プレーンな)テキストに戻すために、いったん「メモ帳」にコピペして、それをまたコピペするというのが、私の主な「メモ帳」利用ですが、ときどき標題のような現象に遭遇していらいらしておったわけです。

で、いつもはWindows特有の摩訶不思議ファンタジー(=仕様)だと思って諦めていたのですが、このたび、思い立ってちょっと発生条件を確認してみました。 その結果ですが、ひとことで言うと、「名前をつけて」でも「上書き」でも、とにかく、

メモ帳の「書式」で「右端で折り返す」にチェックが入っている状態で「保存」すると、その「右端」に改行が入る

ということのようです。



対策(1):「保存」しなければ入らない

なので、メモ帳に入力したテキストも、「保存」しなければいいということになります。上記のような、修飾・書式を外すための一時的なコピペ用なら、まちがって「保存」しない限り問題は生じないということがわかりました。



対策(2):「保存」してしまったら、いったん「右端で折り返す」のチェックを外してまた戻すか、いったん閉じてまた開く

まちがって「保存」してしまったり、作業を中断するためにいったん「保存」した場合は、「右端で折り返す」にチェックが入っていると「右端」に改行が入ってしまいます。 その場合の対処法としては2通りあります。

一つは、「書式」をクリックして「右端で折り返す」のチェックを外すことです。そうすると、右端で折り返されなくなって、一段落が一行になりますが、そうしておいて、また「右端で折り返す」にチェックを入れます。そうすると、「保存」しない限り、「右端」の改行はキャンセルされます。

もう一つは、いったんメモ帳を閉じて、保存されたファイルを開き直すことです。すると、なぜかよくわかりませんが、「勝手に入った改行」は消えています。



要するに、

「右端で折り返す」にチェックが入った状態で「保存」すると、メモ帳が開いているあいだは「右端」に「勝手に改行」が入っているが、この「勝手に改行」は保存されてはいない

ということのようです。なんなんでしょうこれは。実に摩訶不思議ですが、とりあえずこの点を踏まえておけば、いらいらしないでメモ帳を使うことができそうです。。





はてブのコメント欄より転載

改行 2015-12-10 04:52:44

シェアありがとうございます。
4年前からのモノなんですね・・・。騙し騙し使ってきましたが、時々イライラが爆発しそうになります。保存動作はショートカットで無意識にしていることなので「治す」のは難しいですね・・・。

事象検証ありがとうございました!

2011年1月14日金曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習B」 第11回 高橋洋一『日本経済のウソ』

対象文献:
高橋洋一,2010,『日本経済のウソ』,ちくま新書



ええと、今回の本は、ちょっと失敗だったなと思うところなきにしもあらずでして・・・ 下のコメントにも、わからなかった、難しかった、という声が寄せられていますが、学生のみなさんの勉強不足とか能力不足というよりは、本のつくりが雑すぎるということでしょうかね。なんか最近こういうその場限りで売れたら儲けもんみたいな新書多いよね・・・

同じような話でも、こっち↓にしたらよかったな、と今更ながらに反省です。岩田本は、中身がきちんと整理されていて、論旨が明確でした。今回ので、わからなくて悔しい思いをした人は、是非どうぞ。

さて、そのような苦境でも、きちんとレジュメをつくって報告・コメントが成立し、司会者のもとで会が成り立つというのは素晴らしいなと思います(学生を褒めることで教員が責任転嫁をしているように見えるかもしれませんが、たぶん気のせいです・・・)。

報告者の議論ですが、一人はデフレの問題を、大卒就職率の低下の問題に落とし込んで論じました。何かが問題である、というときに、近い将来自分たちが直面することになる危機と絡めて、その問題性を際立たせるというのは、報告として有効な戦略です。

もう一人は、現在の市場には魅力的な商品が多く出まわっており(商品の魅力が昔よりも低下するなんてことは起こりにくいはずですよね)、魅力的な商品が多いなら需要が高まって物価が上がるはずなのに、実際はデフレであるという事実から出発して、このギャップこそが金融という問題の在り処だと指摘しています。もちろん、その問題の輪郭をきちんと描いたり、ましてや十全な解決を与えるということが、学生のゼミ報告ごときでできるわけはありません(うちなんて人文学部の1年生なわけだし)。しかし、ぼんやりとでも問題の気配を察知すること自体が、非常に重要な学問的発見だということも事実です。

さて報告者は二人とも、自分たちにできること、やらなければならないこと、を示唆するという方向で議論を締めています。これは、若者の議論として(?)、自分の人生に対して前向きで建設的ではあるように思いますが、しかしそこで議論を止めてしまうと、問題が解決されないことが、あたかも個々人、とくに若い人たちの努力不足、怠惰のせいになってしまいがちです。これは、本来その問題に対して責任を負わなければならない人たちにとって大変に好都合な事態です。若者批判してればいい、ということですから・・・

実のところ、個人にとって前向きで建設的なことが、全体にとっては後ろ向きで非建設的だったりすることがよくあります。議論をこの陥穽にはまらせないためには、自分たちの努力目標を示すと同時に、その限界をも示すべきでしょう。つまり個人の努力では越えがたい壁の存在を示すことです。それが「制度」の問題につながるわけですが、個人の努力の議論を介したことで、その輪郭がより明確に見えてくるはずです。(ここでは「制度」という言葉を、個人の行動の前提になるがゆえに、個人の行動によっては変更できないもの、というような意味で使っています。)

さてここで、この文章の冒頭に戻ってもらえば、私が、今回の文献選択について反省しつつ、それにとどまらずに、近年の新書出版のあり方に対して批判的なコメントをしていることに気づかれるかと思います。これこそが、まさに、個人の努力不足を指摘した上での、制度論的問題領域の開示に当たるわけですね!



以下、出席者のコメント。

  • 今回の本はあまり理解することができませんでした。しかし、これを機に少しずつ経済について勉強してみたいと思いました。

  • 経済についてもっと知るべき、というのは賛成だが、多くの人は、つい先日の私みたいに、こういう本を読んで自分の無知を思い知らされないと経済を勉強しないと思う。大人として最低持っていないとやばい知識は今のうちに持っていたい。とりあえず池上本買います。

  • 今回の本は、読んでも全然理解できませんでした。でも今回の議論を通して、少しではあるけど理解が深まったと思います。また、経済の話題であっても、マスコミや教育、政治など様々な問題に関連していることがわかりました。

  • 今回の本は難しかったので、自分の考えや意見が自分でもわからなくなるし、報告者への質問も正直、どこを質問すればいいのか、という感じがあった。経済学を勉強するということが、議題にも上ったけれど、やっぱり専門じゃなくてもある程度の知識は必要だと感じた。

  • 経済に関する話題は苦手だったので、とっつきにくいという印象があった。今回、本を読んだり、自分ではあまり発言できなかったけど周囲の議論をきいていて、興味や関心が深まって良かった。自分自身でこれからも新聞などで見ていきたいと思う。

  • 経済についてよく分からないことが多く、考えがまとまらなかったが、とりあえず自分ももっと経済について関心をもつべきであると感じた。

  • 経済をよくするために私たちができるのは、やっぱり独学で経済を学ぶしかないのだと、この議論がすすんでいくなかで痛感した。

  • 報告者の感想  まず本がむずかしくて大変でした。みなさんの質問や意見にも上手くこたえられずに申し訳ありませんでした。コメントとか残っているので、そっちもがんばります。

  • 報告者の感想  物事にメリット・デメリットがある話が興味深かった。「全体にとってのメリット」が、「個人にとってのメリット」の数、量の多さ、大きさで表されるのか、それとも別の観点ではかられるのか。また経済を勉強して、政党を選ぶ際の材料がふえたとき、「全体のメリット」を考えるといっても、必ず不利な人も有利な人もでるので、経済勉強した人が自分のメリットとなる方を選べるということなのかなと思った。

  • コメンテータの感想  今回コメントに対する意見やつっ込みが多く感じた。なるほどと思わず納得してしまうことも度々あり、自分の見方というのはやはり狭く、他の人の意見によって気づかされることが本当にたくさんあるのだと痛感した。それにしても、今回の本は全然わからなく、読むのが大変だった。

  • コメンテータの感想  自分の生活がかかっている問題なのに、他人事のようにとらえていたと思う。知らなければ自分が取ることのできる対策にも乗り出せないだろうと思った。自分の意見がぶれがちなので、根拠をしっかり持ちたいと思った。

  • 司会者の感想  経済についての話はむずかしくて、なかなか理解しにくい本であった。それでも議論がスムーズに行うことができたように思う。このことから皆の経済に対する意識がある程度高いのでは、と感じた。

2000年1月1日土曜日

これまでに発表したもの

2025年
【論文】「包括的な社会的システムとその機能分化――ルーマン社会理論の論理的解体」,『社会学史研究』47,59-76頁(→PDF


2023年
【共著書】「社会学的啓蒙の論理」,北田暁大/筒井淳也編,『岩波講座 社会学 第1巻 理論・方法』,岩波書店


2022年
【事典項目】「期待効用最大化モデル」,「社会的選択理論と理論社会学(機能主義をめぐる問題)」,『数理社会学事典』,丸善出版


2019年
【訳書】アンドルー・スカル,三谷武司(訳),『狂気――文明の中の系譜』,東洋書林



2018年
【訳書】ジョン・R・サール,三谷武司(訳),『社会的世界の制作――人間文明の構造』,勁草書房

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2018 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73



2017年
【事典項目】「ダブル・コンティンジェンシー」,「一般システム理論」,「自己言及と社会システム」,『社会学理論応用事典』,丸善出版

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2017 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73



2016年
【短文】三谷武司,「東大教師が新入生にすすめる本 2015」(一部寄稿),東京大学出版会『UP』編集部(編),『東大教師が新入生にすすめる本 2009-2015』,東京大学出版会,pp. 261-262

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2016 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73

【講演】酒井泰斗「ルーマン解読3:組織合理性の社会学─三谷武司さんと『目的概念とシステム合理性』を読む」朝日カルチャーセンター新宿



2015年
【訳書】ウンベルト・エーコ,三谷武司(訳),『異世界の書――幻想領国地誌集成』,東洋書林

【書評】三谷武司,「書評:ニクラス・ルーマン(小松丈晃訳)『リスクの社会学』新泉社」,『図書新聞』3204(2015年4月25日),7面

【短文】三谷武司,「東大教師が新入生にすすめる本」,『UP』510(2015年4月号),pp. 19-20

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2015 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73




2014年
【短文】三谷武司,「初期ルーマン研究の意義」,『東京大学大学院情報学環紀要 情報学研究』86,pp. 243-246

【訳書】ヴィヴェカ・ステン,三谷武司(訳),『煌めく氷のなかで』(Kindle版),ハヤカワ・ミステリ文庫

【訳書】ヴィヴェカ・ステン,三谷武司(訳),『夏の陽射しのなかで』(Kindle版),ハヤカワ・ミステリ文庫

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2014 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73




2013年

【訳書】ヴィヴェカ・ステン,三谷武司(訳),『静かな水のなかで』(Kindle版),ハヤカワ・ミステリ文庫

【共訳書】ニクラス・ルーマン,高橋徹・赤堀三郎・阿南衆大・徳安彰・福井康太・三谷武司(訳),『社会構造とゼマンティク3』,法政大学出版局

【共訳書】コンドリーザ・ライス,福井昌子・波多野理彩子・宮崎真紀・三谷武司(訳),『ライス回顧録――ホワイトハウス 激動の2920日』,集英社

【訳書】デニス・マッカラ,寺岡暉/レブリング・寺岡朋子(監訳),三谷武司(訳),『スローメディシンのすすめ: 年老いていく家族のケアに向き合うあなたへ』,勁草書房

【訳書】ローター・ミュラー,三谷武司(訳),『メディアとしての紙の文化史』,東洋書林

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2013 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73



2012年

【事典項目】「社会的行為」,「社会変動」,「主意主義的行為理論」,見田宗介(編集顧問),大澤真幸・吉見俊哉・鷲田清一(編集委員),『現代社会学事典』,弘文堂

【翻訳協力】イーライ・ブロウド,田中裕輔(監訳),『「型破り」で勝つ私の流儀』,日本文芸社

【共著書】「システム合理性の公共社会学――ルーマン理論の規範性」,盛山和夫・上野千鶴子・武川正吾,『公共社会学1 リスク・市民社会・公共性』,東京大学出版会,pp. 71-86

【訳書】トム・ディースブロック,三谷武司(訳),『人はなぜ「死んだ馬」に乗り続けるのか? 心に働く「慣性の法則」を壊し、自由に「働く」ための26レッスン』,アスキー・メディアワークス

【翻訳協力】トム・コネラン,本田健(訳),『たった1%変えるだけであなたの人生に奇跡は起きる』,日本文芸社

【共著書】「社会システムと法、経済」(改訂版),『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2012 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73



2011年

【共著書】「社会システムと法、経済」(改訂版),『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2011 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73

【訳書】クリスタ・メスナリック,『ビジネスに生きる哲学 アリストテレスマネジメント』,ディスカヴァー・トゥエンティワン



2010年

【報告】「初期ルーマンにおける「経験的研究と規範的研究の架橋」」(第83回日本社会学会大会,自由報告(理論(4)ルーマンの社会学),於名古屋大学,11月7日) PDF

【書評論文】「理論的検討の進展のために」,『相関社会科学』19,pp. 119-123

【共著書】「社会システムと法、経済」(改訂版),『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2010 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73

【共著書】「社会学の学び方: 社会を生き,社会を学ぶ」,早坂裕子,広井良典,天田城介(編),『社会学のつばさ――医療・看護・福祉を学ぶ人のために』,ミネルヴァ書房,pp. 17-31




2009年

【共著書】「社会システムと法、経済」,『社会福祉学習双書』編集委員会(編),『社会福祉学習双書2009 12 社会学』,全国社会福祉協議会,pp. 57-73



2006年

【報告】"Some Implications of Niklas Luhmann's Equivalence-Functionalism," Seoul National University - University of Tokyo Joint Sociology Forum (at Seoul National University, 3 Nov.), pp. 269-275 PDF

【報告】「ルーマン学説における等価機能主義とシステム理論の関係」,第79回日本社会学会大会(立命館大学,10月28-29日)

【書評論文】「『責任と正義』の論理」,『書評ソシオロゴス』2,pp. 1-36 PDF

【共著書】「〈効用〉の論理――ハーサニ型効用総和主義の失敗」,土場学,盛山和夫(編),『正義の論理――公共的価値の規範的社会理論』,勁草書房,pp. 59-78

【論文】「von Neumann-Morgenstern効用関数は基数的か」,盛山和夫(編),『高齢化社会の公共性に関する社会学的研究』,pp. 153-166 PDF



2005年

【論文】「システムが存立するとはいかなることか――ルーマン・システム理論の超越論的解釈に向けて」,『思想』970,pp. 113-129


2004年

【論文】「ルーマン型システム理論の妥当条件――実践的動機の解明と理論の評価に向けて」,『ソシオロゴス』28,pp. 1-13


2002年

【報告】「システム合理性概念の規範論的解明」,日本社会学会第75回大会(大阪大学,11月16-17日)