はてなから加筆修正の上、転載します。
『人はなぜ「死んだ馬」に乗り続けるのか?』を訳しているときに、リチャード・バックの『イリュージョン』からの引用があり、既訳を参照しようと思ったら、2つあるうちのどちらも間違っておりましたので。原文は次の箇所。
Argue for your limitations, and sure enough, they're yours.
Richard Bach, Illusions, Dell, p. 100
これを、私は次のように訳しました。
君の限界を正当化してみろ。そうすれば、それがそのまま君の限界となるから
トム・ディースブロック,『人はなぜ「死んだ馬」に乗り続けるのか?』,アスキー・メディアワークス,343頁
私の訳書は原書がドイツ語ですから、そちらの独訳も載せておきます。
Rechtfertige deine Begrenztheit, und du machst sie Dir ganz sicher zu eigen
Tom Diesbrock, Ihr Pferd ist tot? Steigen Sie ab!, Campus, S. 175
要するに、自分の限界を肯定してしまえば、それが実際に自分の限界になるよ、ということ。要するに、「諦めたらそこで試合終了だよ」、平たく言うと「言い訳すんな」と。「argue for」の「for」は、「against」と対比されるやつで、「argue for」は「肯定するような議論をする」ということ。だから独訳も「rechtfertigen」(=正当化する)と訳しているわけです。
ところが既存の邦訳はいずれも、この点を正しく訳せておりません。
限界、常にそれが問題である。
君達自身の限界について議論せよ。
そうすれば、君達は、
限界そのものを手に入れることができる。
村上龍訳,『イリュージョン』,集英社文庫,105-106頁
自分自身の限界について
議論するがいい。
きっと
それが自分の限界である。
佐宗鈴夫訳,『イリュージョン』,集英社文庫,99頁
村上龍訳は、訳書の範囲をかなりはみ出していて、原文に書いてないことがたくさん書いてある本でなかなか楽しいです。上の箇所も「限界、常にそれが問題である」と、原文にない文句が加わっています。
それはともかく、村上訳も佐宗訳も、「Argue for your limitations」を「限界について議論する」と訳していて、「for」の持つ正当化的ニュアンスが落ちているのが問題です。その結果、全体として意味不明なことになっています。(村上訳は意味不明ながら壮大でそこが魅力的ではありますが。)
ところで原著にはもう一箇所「Argue for your limitations」が出てきます。
Argue for your limitations and you get to keep them
Richard Bach, Illusions, Dell, p. 131
佐宗訳はこれを「自分の限界を認めてしまえば、それは越えられなくなる」と正しく訳しています。上の箇所とまったく同趣旨なのに、なぜこう訳文が分かれているのかちょっと謎です。なお、村上訳は、この箇所を含めてざっくりと省略しています。自由だな村上龍……
0 件のコメント:
コメントを投稿