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2014年9月17日水曜日

邦訳『ダ・ヴィンチ・コード』についてのメモ


【訳文】

お詫び申しあげます、ムシュー。しかし、こういうかたの場合……その筋に依頼するわけにもいきませんし……


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,19頁
【原文】

I apologize, monsieur, but a man like this ... I cannot presume the authority to stop him.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 1

ここは誤訳。この "presume the authority to do" は「自分には~する権限があると考える」という意味。邦訳はまるでヤクザに頼むみたいな感じに読めるが、ホテルのコンシェルジュがそんなことを客に言うはずがない。


【訳文】

シトロエンはリヴォリ通りとのT字路を右折し、名高いチュイルリー公園――パリ版セントラル・パーク――の北側の入口にあたる木深い一角を横に見て進んでいく。[中略]何度か曲がって、人気のない公園にはいると、コレはダッシュボードの下に手を伸ばしてけたましいサイレンを消した。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,32頁
【原文】

When they reached the intersection at Rue de Rivoli, the traffic light was red, but the Citroën didn't slow. The agent gunned the sedan across the junction and sped onto a wooded section of Rue Castiglione, which served as the northern entrance to the famed Tuileries Gardens — Paris's own version of Central Park. [...] As they entered the deserted park, the agent reached under the dash and turned off the blaring siren.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

ここは原文と邦訳で全然違うことを書いているので、誤訳なのかなんなのかよくわからない。原文は明らかに、ヴァンドーム広場の方からカスティリヨーヌ通りをテュイルリー公園に向かって真っ直ぐ南下してきた一行が、公園前のリヴォリ通りにぶつかるも赤信号を無視して直進し、そのまま公園内に入ったと書いている。

そもそも目的地のルーヴル美術館はリヴォリ通りにぶつかったところで左折した方向にあるので、邦訳のように右折すると反対方向に向かってしまう。という意味でも邦訳は謎。


追記。少し後の原文も変だ。 "The Citroën swerved left now, angling west down the park's central boulevard." となっていて、南に向かっていて左折したら東に向くはずなのに西に向いたことになっている。


【訳文】

車の右の窓からセーヌ川の南にあたるアナトール・フランス河岸を望むと、荘厳にライトアップされた古い駅舎のファサードが目に留まる――かのオルセー美術館だ。左へ視線を向けると超近代的なポンピドゥー・センターの屋根がかすかに見え、その下には近代美術館がはいっている


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,33頁
【原文】

Out the right-hand window, south across the Seine and Quai Voltaire, Langdon could see the dramatically lit facade of the old train station — now the esteemed Musée d'Orsay. Glancing left, he could make out the top of the ultramodern Pompidou Center, which housed the Museum of Modern Art.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

まず、ケ・ヴォルテールをケ・アナトール・フランスに変えたのは訳者の苦心の跡。このへんは原文が出鱈目を書いているのである。つまり、ラングドンの現在位置(カルーゼル凱旋門)からすぐ右を向いて見えるのは原文にあるケ・ヴォルテールなのだが、そこにオルセー美術館はないのである。オルセーはそこからもっと西の、ラングドンから結構右後ろの方向のケ・アナトール・フランス沿いにある。訳者は通りと美術館のセットを現実に合わせ、「右に見える」という部分をフィクション的な演出とすることにしたわけだ。

他方、近代美術館がポンピドゥー・センターの「下に」入っているというのは間違い。無難に原文通り「中に」とすべきだった。なにしろ6階建てのセンターのうち、近代美術館は4階と5階に入っているからである。


【訳文】

この美術館に展示された数万の作品をすべて鑑賞しようとすれば約五週間かかるそうだ[中略]かつてコラムニストのアート・バックウォルドが、この三大傑作を五分五十六秒で観てまわったと誇らしげに書いていた


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,34頁
【原文】

Despite the estimated five days it would take a visitor to properly appreciate the 65,300 pieces of art in this building. [...] Art Buchwald had once boasted he'd seen all three masterpieces in five minutes and fifty-six seconds.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

この部分は誤訳の話ではなく、原文の記述をどの程度(正しく)改変するかの話。「6万5300点の作品」を「数万の作品」にしたのは時間経過に伴って増減があるだろうという訳者の判断だと思う。また原文の "five days" は明らかに短すぎるので「五週間」に直したのは正解だと思う。

そのうえで、そこまで直すのなら、ついでに「アート・バックウォルドが、この三大傑作を五分五十六秒で観てまわった」という原文の誤りもただしてほしかった。この記録はバックウォルドのコラムで紹介されている逸話であるが、実際に観てまわったのは「ピーター・ストーン」という名の若者なのである(参考:アート・バックウォルド「六分間ルーヴル」『バックウォルド傑作選1 だれがコロンブスを発見したか』文藝春秋,29-32頁)。しかしまあこのへんは判断の難しいところだろうとは思う(特にこの作品は直し始めるときりがないわけで)。


【訳文】

ゲーテは“建築は凍れる音楽である”と語ったというが、ぺイを批判する者はこのピラミッドを“黒板を引っ掻く爪”と評した。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,35頁
【原文】

Goethe had described architecture as frozen music, and Pei's critics described this pyramid as fingernails on a chalkboard.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

ここも誤訳の話ではない。訳文が原文にない伝聞体(「語ったという」)になっているのはおそらく意図的。というのも、これはゲーテの言葉として流通しているものの直接にはゲーテの言葉ではないから。ゲーテは『箴言と省察』で建築とは「凍結した音楽」( "erstarrte Musik" )であるというシェリングの言葉を引いて、これを「音のない音楽」( "verstummte Tonkunst" )と言い換えているのである。訳者の処理は実に巧妙。


【訳文】

「わたしはベズ・ファーシュ」ラングドンが回転ドアを押して進むと、男は言った。「司法警察中央局の警部だ」


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,38頁
【原文】

"I am Bezu Fache," he announced as Langdon pushed through the revolving door. "Captain of the Central Directorate Judicial Police." His tone was fitting — a guttural rumble … like a gathering storm.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

訳抜け。「声質も外見にぴったりのがらがら声で、嵐の前の暗雲を思わせた」くらい。


【訳文】

振り返ると、数ヤード後ろの高齢者・障害者用エレベーターの前にいた。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,46頁
【原文】

Turning, Langdon saw Fache standing several yards back at a service elevator.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 4

これは「荷物用エレベーター」。


【訳文】

エレベーターはきわめて安全な機械だと繰り返し自分に言い聞かせるが、本心では納得できない。出口のないシャフトに宙ぶらりんの、ちっぽけな金属の箱じゃないか! 息を凝らしてエレベーターに乗り、扉が閉まるや、例のごとくアドレナリンが噴き出すのがわかった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,47頁
【原文】

The elevator is a perfectly safe machine, Langdon continually told himself, never believing it. It's a tiny metal box hanging in an enclosed shaft! Holding his breath, he stepped into the lift, feeling the familiar tingle of adrenaline as the doors slid shut.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 4

赤字にした部分、邦訳は「言い聞かせ」の続きと解して「じゃないか!」としているが、ここは閉所恐怖症のラングドンにとっては恐怖を喚起する表現ばかりが含まれているため、「納得できない」気持ちを心の声にしたものであり、「じゃないか」はトルべき。


【訳文】

ヴィットリアから最後に便りが来たのは十二月で、これからジャワ海へ向かうと書かれた絵はがきだった。生物物理学の調査をつづけるために、衛星を利用してイトマキエイの回遊を追跡するとかなんとか。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,65頁
【原文】

His last correspondence from Vittoria had been in December — a postcard saying she was headed to the Java Sea to continue her research in entanglement physics ... something about using satellites to track manta ray migrations.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

"entanglement physics" は「量子もつれの物理学」のことで、そのままではエイの回遊と何の関係があるのかわからないため、訳者は「生物物理学」とあてている。ちゃんと考え始めたらそれでもわけはわからないのだが、まあ「生物」だしということで自然に読める訳文になっている。これも訳者の工夫。

他方で、これではダン・ブラウンのトンデモ加減が見えにくくなってしまうのも事実。できたら(トンデモな人が愛好する)「量子」という言葉は残してほしかった。「量子生物学」とか「量子もつれの研究」とかでもよかったのではないか。


【訳文】

両の腕と脚は翼をひろげた載の形に投げ出され、ちょうど子供がよく作るスノー・エンジェル[新雪をくぼませて作る人の形]のようだ……というより、目に見えない力で四方へ引っ張られている人間、のほうが適切な形容だろうか。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,67頁
【原文】

His arms and legs were sprawled outward in a wide spread eagle, like those of a child making a snow angel … or, perhaps more appropriately, like a man being drawn and quartered by some invisible force.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

「スノーエンジェル」そのものは、雪の上に両手両足を広げて寝そべり、その両手両足を付け根を中心にある程度の角度回転運動させることによって、長いスカートを穿き両翼を広げた天使のような跡をつけるものなので(Google画像検索:Snow Angel)、まず訳注が不正確だし、ここで描写されているソニエールの死体の姿勢が「スノーエンジェルのようだ」というのはおかしい。原文は「スノーエンジェルを作っているときの子供の手足」なので「スノーエンジェルをつくろうと雪の上に両手両足を広げた子供のようだ」とかにすべき。

その後で喩え直しているところは、訳文では「四つ裂き」の要素が脱落してニュートラルな表現になっているが、原文がわざわざ喩え直しているのは、スノーエンジェルのようなほのぼのとしたイメージから、もっと恐ろしいイメージへと転換させるためなのだから、ここは「四つ裂き」の要素を落としてはならない。


【訳文】

ソニエールは戦慄の死を迎える間際に、なんとも不可解な行為に及んでいた


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,68頁
【原文】

Saunières left index finger was also bloody, apparently having been dipped into the wound to create the most unsettling aspect of his own macabre deathbed.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

この "deathbed" は「臨終」のような時間的な意味ではなく、語義通りの「死の床」なので、わざわざ邦訳のように意訳する必要はない。 "macabre deathbed" は死体の置かれた陰惨な情景を指しているところ、邦訳は意訳のために「戦慄の死」というよくわからない表現に手を出してしまっている。「戦慄」すべきなのは「死」そのものではなく(だってそれはただの射殺だから)、死体の置かれた状態である。


【訳文】

キリスト生誕以前から、四千年以上も使われてきました。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,68頁
【原文】

Used over four thousand years before Christ.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

邦訳の書き方だと「紀元前2000年以前から」ということになるが、ここの "before Christ" は「紀元前(BC)」の意味なので、「紀元前4000年以前にはすでに使われていた」ということ。


【訳文】

本来、五芒星は異教の象徴でした


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,69頁
【原文】

Primarily, the pentacle is a pagan religious symbol.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

ここは読解も日本語の表現もダメ。「五芒星は異教の象徴である」という日本語を読めば「五芒星が異教を象徴している」という意味にとるのが普通であるが、この直後に続く話から明らかなとおり、ここで言われているのは「五芒星を何かの象徴として使うのはキリスト教ではなく異教においてである」ということである。訳者もそれを表そうとしたはずだが、「異教の象徴」は表現としてまずい。次に読解だがこの "primarily" を「本来」の意味ではない。訳文は過去形だが原文は現在形であることからも、邦訳が無理をしていることがわかる。正しくは、五芒星の意味を問われたラングドンは「まず、五芒星が異教で用いられる象徴だということを押さえておきましょう」と解説の最初に述べたのである。


【訳文】

さらに絞りこんだ解釈をすると、五芒星が象徴するのはヴィーナス――性愛と美の女神です。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,70頁
【原文】

In its most specific interpretation, the pentacle symbolizes Venus — the goddess of female sexual love and beauty.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

訳抜け。「女性の性愛と美の」


【訳文】

五芒星の図形そのものも金星に由来するという事実だ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,70頁
【原文】

Langdon decided not to share the pentacles most astonishing property — the graphic origin of its ties to Venus.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

ここは誤訳。図形そのものが金星に由来するのではなく、五芒星と金星(Venus)が結び付けられた経緯に図形的な要因があったということ。


【訳文】

金星が八年周期で黄道上に五芒星を描く


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,71頁
【原文】

the planet Venus traced a perfect pentacle across the ecliptic sky every four years.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

まず "every four years" が「八年周期」になっているのは邦訳が正しいので問題なし。というかこの原文の誤りは増刷時に修正されているらしい……のだが、Kindle版には反映されていない。なにやってんだKindle!

さて、実のところ原文が意味不明なのだが、邦訳はさらに意味不明である。なによりもまず、黄道は線なので「黄道上に」五芒星は描けない。「黄道を円周とする円の内部に」と言うべきであり、原文の "across the ecliptic sky" はそういう意味なのだろう(まあ、それを "sky" というのかという問題はある)。

後は原文自体の問題なのだが、「金星が描く」というのが実にミスリーディングな表現である。この言い方だと、八年間の金星の軌跡が五芒星の形になるということかと思ってしまうが、そうではない(当たり前だ)。単に地球と金星の合がちょうど八年で五回あり、その時の黄道上の点がちょうど円周=黄道を五分割することになるので、それを結ぶと五芒星になるというだけのことである。 "trace" という動詞はかなり不適切だと思う。


【訳文】

それゆえ金星とその五芒星は完璧さ、美しさ、そして性愛のもたらす循環の象徴となった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,71頁
【原文】

Venus and her pentacle became symbols of perfection, beauty, and the cyclic qualities of sexual love.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

「性愛のもたらす循環」というと、セックスで子供ができて……という世代交代的なサイクルを想起するけど、そうなのかなあ。一回セックスしてもまたしたくなるとかそういうことじゃないのかなあ。これは特に自信なし。


【訳文】

ソニエールがどんなたとえを選んだかなど、大きな問題ではないはずだが


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,85頁
【原文】

Saunières choice of vocabulary hardly seems the primary issue here.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 8

ファーシュはソニエールの死体の状況について「何が一番奇妙だと思う?」と訊いている。この質問は教えてくれという意味ではなくクイズであって正解はファーシュの頭の中に用意されている。すなわち、フランス人のソニエールがなぜ英語でダイイングメッセージを書いたのかが謎だ、というのである。ところがこのクイズに対し、ラングドンが見当外れの答えをしたので、ファーシュは上の引用文のように言ったのである。つまり、「それが一番奇妙なわけないだろ(もっと奇妙な点があるだろ)」というニュアンス( "primary issue" というのは単に「大きな問題」ではなく「一番大きな問題」のニュアンス)。そもそも、謎のダイイングメッセージで使われている「たとえ」が「大きな問題ではない」などということはありえない。


【訳文】

当時の最も解剖学的に正しい図と見なされているダ・ヴィンチの〈ウィトルウィウス的人体図〉は、その後現代文化の象徴となり、ポスターからマウスパッド、Tシャツに至るまで、世界じゅうで使われている。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,86頁
【原文】

Considered the most anatomically correct drawing of its day, Da Vincis The Vitruvian Man had become a modern-day icon of culture, appearing on posters, mouse pads, and T-shirts around the world.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 8

ダ・ヴィンチの絵が「現代文化の象徴」なわけがない。さらにいうと「現代において文化一般を表すのに用いられる象徴」という意味ですらない。もっと軽い意味で、「現代では一個の文化アイコンになった」と言っているのである。


【訳文】

意味ありげな目をして紙を渡す。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,99頁
【原文】

She handed him the paper with an intent gaze.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 9

訳者はたぶん "intent gaze" に "intention" を読み込んでしまったのだろうが、ここは「有無を言わさぬ目で」くらい。この箇所は、すぐ後に来る意外な急展開のための、緊張感を伴った嵐の前の静けさ的描写が続くところなので、ここで「意味ありげ」などとネタバレ的な誤訳をしてはいけない。また仕掛ける側のソフィとしても、ここはバレないよう細心の注意を払わなければならない場面なのだから「意味ありげな目」などは絶対にしないと言える。


【訳文】

石が動き、あなたは生まれ変わったのです


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,107頁
【原文】

The stone has been rolled aside, and your are born again.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 10

シラスの幻視の場面。「石が動き」だけでは何のことかわからないが、シラスの脱獄を可能にした地震のくだりから、ここはマタイ福音書28章に描かれたキリストの復活をなぞっている。「石」はイエスの墓に蓋をしていた石で、これが地震で転がって中に入れるようになるがそこには誰もいない、という場面。なので「石は取り除かれ」とかのほうがよい。


【訳文】

あなたとシラスそれぞれの立場、そしてわたしの情熱を守るためです


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,111頁
【原文】

I do this to protect your identity, Silas's identity, and my investment.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 10

もちろん訳者はあえて "investment" を「情熱」としているのだが、ちょっとどうかなあというところ。「金銭的報酬」につながる言葉で、かつ相手が「えっ "investment" ?」と聞き返してしまう程度の曖昧さと場違いさを残した訳語――ということでいうと、普通に「投資」でよかったのではないか。「情熱」だと「そうか熱意があるんだなあ」と聞き流してしまいそう。あとついでに言うと、 "identity" を "protect" するというのは「立場を守る」というよりは「正体がバレない」的な意味だろう。


【訳文】

有名な詩の各単語の順序を並べ替えて、すべての単語に共通する点は何かをあてさせる遊びと似ています


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,115頁
【原文】

Like taking the words of a famous poem and shuffling them at random to see if anyone recognizes what all the words have in common.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 11

「有名な詩から単語を取り出してランダムに並べる」のである。邦訳だと全部並べ替えることになり、それだとクイズとして簡単すぎるだろう。


【訳文】

司法警察はほぼ毎日アメリカ人を逮捕する。麻薬を所持していた交換留学生、未成年者との淫行に及んだビジネスマン、万引きや器物破損に手を染めた旅行者などだ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,116頁
【原文】

Almost daily, DCPJ arrested American exchange students in possession of drugs, U.S. businessmen for soliciting underage prostitutes, American tourists for shoplifting or destruction of property.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 11

フランスの「未成年者」は18歳未満だが「淫行」が犯罪になるのは15歳未満(性的同意年齢が15歳)なので、邦訳はそれだけ読んでも間違っている。加えて原文には "soliciting underage prostitutes" とあり、つまり規定年齢に達しない少女に売春をもちかけたということである(フランスでは18歳以上の売春は合法)。


【訳文】

その目がコレの肩越しにGPSの赤い点に注がれた。車を発進させる音がいまにも聞こえそうだ、とコレは思った


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,134頁
【原文】

The captain eyed the GPS dot over Collet's shoulder, and Collet could almost hear the wheels turning.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 14

邦訳は意味不明。この "wheels" はコレのすぐ後ろにいるファーシュの頭の中にあるのであって、要するに「考えていることがわかる」ということ。


【訳文】

今夜の事件を考えれば、自分は恐れを知らない愚か者だったと言える


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,145頁
【原文】

Considering tonight's events, she would be a fool not to be frightened.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 16

これは非常に初歩的な誤訳(それとも「日本人なら必ず誤訳する英文」?)。正しくは「これで恐怖を感じなければ馬鹿だ」である。


【訳文】

ここはドゥノン翼の西端で、チュイルリー公園の手前を南北に走る道がほぼ接しており、建物の外壁とのあいだにはせまい歩道があるだけだ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,145頁
【原文】

Here at the westernmost tip of the Denon Wing, the north-south thoroughfare of Place du Carrousel ran almost flush with the building with on.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 16

原文は「カルーゼル広場を南北に貫く道」。この記述が「ドノン翼の西端」という記述と合致しないため、邦訳は修正している。


【訳文】

ソフィーは窓から目を離して振り向いた。深みのあるラングドンの声に、心からの哀悼の響きが感じられた。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,146頁
【原文】

Sophie turned from the window, sensing a sincere regret in Langdons deep voice.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 16

邦訳はソニエールの死についての「哀悼」と解しているが、ここは直後の文章からも明らかに、暗号を解読できない自分の情けなさを悔しがっている様子である。


【訳文】

……南へ向かって……速くなって……ロワイヤル橋からセーヌ川を渡っています!

ファーシュは左へ顔を向けた。ロワイヤル橋を走っているのは、ルーヴルから南へ向かう巨大な配送用トラックだけだ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,156頁
【原文】

"... moving south ... faster ... crossing the Seine on Pont du Carrousel."

Fache turned to his left. The only vehicle on Pont du Carrousel was an enormous twin-bed Trailor delivery truck moving southward away from the Louvre.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 18

原文は「カルーゼル橋」。邦訳はここも「ドノン翼の西端」という記述に合わせて修正している。「ロワイヤル橋」は一つ西隣の橋。ちなみに映画では「カルーゼル橋」だった(つまり「西端」という設定を修正している)。


【訳文】

右折してアナトール・フランス河岸へ出ようとしています!


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,157頁
【原文】

Hes turning right on Pont des Saints-Pères!


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 18

ここも「ドノン翼の西端」に合わせて邦訳が修正している。「ロワイヤル橋」を渡って右折すると確かに「アナトール・フランス河岸」なので問題なし。

むしろここは原文が出鱈目である。まず "Pont des Saints-Pères" は「サンペール橋」だが、「カルーゼル橋」をわたって右折したらまた橋というのは明らかにおかしい(なおサンペール橋はカルーゼル橋の旧名である)。これは "Port des Saints-Pères" (「サンペール河岸」)の誤記である。しかも、ここは川沿いの遊歩道みたいなところで、トラックが入っていける道ではない。正しくは「カルーゼル橋」を渡って右折したら「ヴォルテール通り」に入ることになる。


【訳文】

ミスター・ソニエールは五芒星の話をするとき、女神崇拝やカトリック教会の猛攻撃について話したかい


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,169頁
【原文】

when he told you about the pentacle, did he mention goddess worship or any resentment of the Catholic Church?


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 20

ここも初歩的な誤訳(日本人なら必ず誤訳する英文)。具体的な対象への言及があり、その後で "or any" と続いて一般的な言い方がなされている場合は、前者は後者の例示になっていると考えるのが吉。ここは「女神崇拝とか、何か反カトリック教会的なことを言ってなかったか?」ということ(もちろん女神崇拝は反カトリック的である)。なお加えて言えば、この誤訳の直接の原因は "resentment of A" が「Aに対する反対」という用法であることを訳者が知らず、「Aが resent した」という意味にとってしまったこと。


【訳文】

私立探偵[PI]と混同しないでくださいよ」ステットナーはにやりと笑って付け足した。「ぼくら数学をやっている者はよくこう言うんです。黄金比[PHI]はHがあるおかげで、PIよりずっと切れ者だってね


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,171頁
【原文】

"Not to be confused with PI," Stettner added, grinning. "As we mathematicians like to say: PHI is one H of a lot cooler than PI!


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 20

ここは訳者がジョークをまったく理解していないために壊滅的なことになっている。「私立探偵」では数学ジョークにならないのであって、もちろんここは「φ」と「π」の話をしているのである。ジョーク部分は直訳すると「φ[PHI]はHがあるぶんπ(PI)よりもはるかに冷たい」だが、いろいろ解説しないと何がジョークなのかわからないので、うまく日本語に訳すのは至難の業(なのでここではやらない)。しかしともかく「ファイはパイより冷たい」がジョークになるのは、もちろん焼きたての「パイ」は熱いからである。

「Hがあるぶん」の部分はちょっと難しいのだが、原文の "one H of a lot" は "one HELL of a lot" という強調表現(「すごく」の意の慣用句)の省略形であり、そこに「Hがあるぶん」という意味をかぶせているのである。


【訳文】

黄金比の持つ神秘的な特性については、はるか昔に記されている。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,171頁
【原文】

The mysterious magic inherent in the Divine Proportion was written at the beginning of time.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 20

邦訳は人間が気づいて文書に残したという意味で訳しているが間違い。 "the beginning of the time" は世界の始まりの瞬間のことなので、ここは「天地開闢とともにこの世にもたらされた」みたいな意味。


【訳文】

ある日、祖父は“planets”という英単語を書き、これらの七文字を使ってなんと九十二種類ものことばの組み合わせをほかに作れると告げた。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,182頁
【原文】

Once he had written the English word planets and told Sophie that an astonishing sixty-two other English words of varying lengths could be formed using those same letters.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 21

ここは正確には「これらの七文字のうち一文字以上を用いて」ということ。文脈上アナグラム(並べ替え)の話かと思ってしまうので、七文字未満でもいいということを明示してほしいところ。なお私が原文参照しているKindle版は "sixty-two" となっているが、紙版は増刷時に "ninety-two" と直している。Kindleなんなんだよおまえ……。


【訳文】

真鍮の標線はその事実を記念したものであり、一八八四年にグリニッジにその名誉を奪われたものの、元来のローズ・ラインとしていまも残っている。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,196頁
【原文】

The brass marker in Saint-Sulpice was a memorial to the world's first prime meridian, and although Greenwich had stripped Paris of the honor in 1888, the original Rose Line was still visible today.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 22

ここは原文が誤りで訳文の1884年が正解。まあこのへんの「ローズ・ライン」関連の記述自体が嘘なんだけども。


【訳文】

とはいえ、入室する前から、ソフィーは必要なものが欠けていることに気づいていた


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,199頁
【原文】

Even before Sophie entered, though, she knew she was missing something.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 22

この訳文だと、ソフィは必要なものが欠けていることに気づいていながら入室したこという不可解なことになってしまう。ここは「ふつうは部屋に入ってから気づくところだが、ソフィは部屋に入る前に気づいた」というニュアンスの英文であって部屋には入っていない。


【訳文】

ソフィーは深く息を吸いこみ、明るく照らされた事件現場へ足早に向かった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,199頁
【原文】

Taking a deep breath, Sophie hurried down to the well-lit crime scene.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 22

この訳文だと、吸い込んだ息を肺に溜めたまま現場へ向かったことになる。水に潜るんじゃないんだから、吸い込んだら吐かないと。ここは「一つ深呼吸をしてから」が正解。祖父の死体が転がっている現場に行くのに、チョットした決心が必要だったというニュアンス。


【訳文】

ペニスの生えた女ならいいってことだな。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,221頁
【原文】

You mean like chicks with dicks.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 26

ここは刑務所の囚人が粗野な言葉遣いをしているところなのだから、せめて「チンポの生えた女」だろう。


【訳文】

両性具有”ということばの語源や、ヘルメスやアフロディテとの関連について説明しようかとラングドンは考えたが、ここにいる聞き手には伝わらない気がした。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,221頁
【原文】

Langdon considered offering an etymological sidebar about the word hermaphrodite and its ties to Hermes and Aphrodite, but something told him it would be lost on this crowd.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 26

「両性具有」に語源もくそもないのであって、せめてルビで「ヘルマフロディテ」とか振ってくれないと意味がわからない。


【訳文】

「そちらの警報装置は作動したか」

「いいえ」

つまり、グランド・ギャラリーから出た者はいないわけだな


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,225頁
【原文】

"Have any fire alarms gone off there?"

"No, sir."

"And no one has come out under the Grand Gallery gate."


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 27

邦訳はここでファーシュが何を確認しているかを理解していない。「つまり」じゃないんだここは。実際には、1行目と3行目は別のことを尋ねているのである。3行目はちゃんと原文通り「グランド・ギャラリーのゲートをくぐって出てきた者はいないんだな」としなければならない。

ゲートというのはソニエールが警報を作動させて下ろした、侵入者を館内に閉じ込めるためのゲートである。警察がそれを少しだけ上げて、ラングドンたちはそこから腹這いでグランドギャラリーに入ったのだった。つまり、そこが再度警報装置を作動させることなくグランドギャラリーから出るための唯一の経路なのである。ファーシュは、「警報は鳴っていない」および「ゲートから出た者もいない」という二点から、「したがってラングドンはまだグランドギャラリーにいる」という結論を導こうとしているのである。


【訳文】

今日では、急進的な思想が“左翼”、筋の通らない考えが“左脳”と称され、“sinister”は“不吉”を意味するようになった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,231頁
【原文】

To this day, radical thought was considered left wing, irrational thought was left brain, and anything evil, sinister.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 28

邦訳は原文の通りなのだが内容が明らかに間違っている。「左脳」は合理的な思考であって、不合理な思考は「右脳」だろう常識的に考えて。と思ったらこの箇所、原書の後の版では「左脳」のくだりがまるごと削除されていた。


【訳文】

背中の真新しい傷に木綿の繊維が貼りついていたため、脱ぐときに痛みが走った。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,234頁
【原文】

As he removed it, he felt a sting as the wool fibers stuck to the fresh wounds on his back.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

原文は「ウール(羊毛)の繊維」。わざと変えているのだろうけど意図が不明。


【訳文】

くぐもっていたものの、こんどは乾いた響きも混じっている


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,235頁
【原文】

Again a dull thud, but this time accompanied by a crack.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

音はくぐもっていたが、今度はタイルにひび割れが入った、ということ。


【訳文】

十一節の内容まで正確に覚えているわけではないが、ヨブ記は神を信じる男が度重なる試練を乗り越える話だったと記憶しているさもありなんとの思いに、シラスは興奮を抑えきれなかった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,236頁
【原文】

Although Silas did not recall the exact contents of verse eleven by heart, he knew the Book of Job told the story of a man whose faith in God survived repeated tests. Appropriate, he thought, barely able to contain his excitement


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

「記憶している」というのはその主題についてよく知らない人が使う言葉。ヨブ記がそういう話であることをシラスが知らないわけはないので、ここは「乗り越える話だ」で文を切るべき。

また「さもありなん」は意味がわからない。これは明らかに自分の苦労を重ねあわせた感慨なのだから、「ぴったりだ」とか「おあつらえ向きだ」とか。


【訳文】

PTSだとしたらあの光は紫外線だろうが、こんなところで証拠探しをしているのはなぜだろう。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,240頁
【原文】

He now recognized the purple light as ultraviolet, consistent with a PTS team, and yet he could not understand why DCPJ would be looking for evidence in here.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

「PTSなら紫外線だろう」と推測しているのではなく、「PTSだ」という情報とは独立に「どうやらあの紫の光は紫外線のようだ」と判断し、その判断と「PTSだ」という情報が無理なく接合すると言っているのである。


【訳文】

高さ六フィート余りの油彩画が女のほぼ全身を隠している。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,245頁
【原文】

At five feet tall, the canvas almost entirely hid her body.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

この絵『岩窟の聖母』は高さ199cmで約6.5フィートだそうなので訳文のほうが正しい。しかし額縁も一緒のはずだから、もっと高いのではないかとは思う。


【訳文】

四分の一マイルほど西へ向かって加速したあと、ゆるやかなロータリーを左へ曲がった。まもなくシャンゼリゼの大通りが見えるはずだ


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,252頁
【原文】

Accelerating west for a quarter of a mile, Sophie banked to the right around a wide rotary. Soon they were shooting out the other side onto the wide avenue of Champs-Elysées.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 32

「ロータリーを左へ曲がる」というのがどういうことかよくわからない。このロータリーはコンコルド広場のことで、リヴォリ通りから西進し、少し左にハンドルを切って広場に入り、そこで右に急ハンドルを切ってロータリーを左回りに進み、西側の出口で右折してシャンゼリゼ通りに入ったのだろう。いずれにせよ、この時点でシャンゼリゼ通りには入っている。

ちなみに、ラングドンとソフィが目指している米国大使館は実際にはこのコンコルド広場のすぐ隣にあるので、リヴォリ通りを西進してきたら広場のところに車を停めてちょっと走ればもう到着なのである。本作で二人はシャンゼリゼ通りを西進していくのだが、実は大使館はとっくに通りすぎているのである。


【訳文】

もうじきだわ。ソフィーはスマートカーのハンドルを右に切り、豪華なホテル・ド・クリヨンの前をかすめて、並木道のかたわらに外交施設が並ぶ一帯へはいった。まもなく大使館だ


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,255頁
【原文】

We're going to make it, Sophie thought as she swung the SmartCar's wheel to the right, cutting sharply past the luxurious Hôtel de Crillon into Paris's tree-lined diplomatic neighborhood. The embassy was less than a mile away now.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 32

訳文に問題はない。上で指摘したように、原文の地理感覚が出鱈目なのである。米国大使館は「オテル・ド・クリヨン」のすぐ向かいにあるので、「あと1マイル弱」というのは明らかに嘘(その点邦訳が「まもなく」というのは改善ではある)。で、そもそもこの曲がり角に到達するにはコンコルド広場のロータリーに入ってはいけなかったのである。しかもその道は自動車進入不可である。以下、邦訳と原文が合致している限りいちいち指摘しないが、原文におけるパリの地理はまったく出鱈目である。


【訳文】

歯がタンブラーをまわす仕組みではなく、レーザーであけられた小さな穴の複雑な組み合わせを、電子センサーが読みとる。六角形の穴が正しい間隔で正しい形に配置されていると認められば、錠が開く


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,256頁
【原文】

Rather than teeth that moved tumblers, this keys complex series of laser-burned pockmarks was examined by an electric eye. If the eye determined that the hexagonal pockmarks were correctly spaced, arranged, and rotated, then the lock would open.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 32

原文は「電子(electronic)」ではなく「電気(electric)」。邦訳の方が正しい可能性はあるが一応原文と違うということで挙げておく。

解錠方法のところは、「回転」の部分(つまり鍵を回す部分)が訳抜け。

トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』に登場するウィリアム・ブレイクの絵の題名について

新潮社から出ている映画『レッド・ドラゴン』のシナリオブックで、訳者の高見浩がこの作品に登場するブレイクの絵の題名に関して次のように書いていた。

最後に、このシナリオ・ブックを翻訳するうちに気づいた興味深い事実が一つあるので、記しておこう。ダラハイドのオブセッションの対象となる、あのウィリアム・ブレークの絵に関することである。ブレークは一八〇五年から一八一〇年にかけて、聖書の黙示録に由来する“大いなる赤きドラゴン”がテーマの水彩画を四枚描いている。まず、ワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵の“大いなる赤きドラゴンと海からの獣”そして、フィラデルフィアのローゼンバッハ美術館所蔵の“獣の数字は666”。残る二枚が問題なのだが、一枚はナショナル・ギャラリー所蔵の“The Great Red Dragon and the Woman clothed with the Sun”、もう一枚がブルックリン美術館所蔵の“The Great Red Dragon and the Woman clothed in Sun”。両者の絵柄はまったくちがうのだが、題名が微妙に似ている点にご注意いただきたい。日本語に訳せば同じような意味になるのだが、強いて訳し分ければ、前者は“大いなる赤きドラゴンと日をまとう女”、後者は“大いなる赤きドラゴンと日につつまれた女”くらいになるだろうか。そして、ダラハイドが魅了されているのは、ハリスの描写する絵柄からしても、またブルックリン美術館所蔵と明記されている点からしても、後者のほうなのだが、ハリスは――このシナリオ・ブックにおけるタリーも――そのタイトルとして前者“The Great Red Dragon and the Woman clothed with the Sun”のほうをあげているのだ。これはどういうことなのか。まさかケアレス・ミスではないのだろうが……と考えはじめて思いだした。ハリスは『ハンニバル』でも、実在する建物を持ちだしておきながら、そこに恣意的な変更を加えていた。つまりそれは、事実を書くと見せかけて、実はこれはフィクションなのですよ、と注記するハリス独特のテクニックなのかもしれない。


トマス・ハリス(原作),テッド・タリー(脚色),高見浩(訳),『レッド・ドラゴン――シナリオ・ブック』,新潮文庫,314-5頁

結論から言うと、この「題名が違う」件はガセネタだろう。実際、 Brooklyn Museum のサイトを見ても、絵の題名は "The Great Red Dragon and the Woman Clothed with the Sun" となっている。ちなみに National Gallery of Art のサイトでも同じタイトルである。要するに同じタイトルの絵が二点あるのである。念のため、フィラデルフィア美術館のブレイク展のカタログ(1939年)が見られたので確認したが、やはり同じタイトルで載っていた。

Brooklyn Museum 所蔵版の絵の上部の余白には "A Woman clothed with the sun, & the moon under her feet, and/upon her head a crown of twelve stars; and behold a great red dragon also" とあるそうなので、これでまあ間違いはないだろう。

他方、Wikipedia: The Great Red Dragon Paintingsには高見が書いているのと同じような指摘が書かれており、一部でこのネタが流通していた時期があったのかもしれない。

2014年9月13日土曜日

ルーマン邦訳「社会システムのオートポイエーシス」誤訳箇所メモ




以下、多少のミスリーディングな表現は無視し、明らかに間違っているところのみ指摘しているので、網羅的ではありません。



【訳文】

問題は、われわれの調査研究の「もつれた」「ヒエラルキー」という疑わしいものへのアプローチを用いていることにあるかもしれない。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,7頁
【原文】

The problem may well be that we use a questionable approach to the problem, "tangling" our "hierarchies" of investigation.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 1

邦訳は文法が読めていない雰囲気訳。「きっと問題へのアプローチの仕方がおかしくて研究の「ヒエラルキー」を「もつれ」させてしまっていることこそが問題なのだろう」くらい。


【訳文】

こういった仕方で、オートポイエーシスと生命の密接な関係とを保っておくことができるだろうし、またこの概念を心的システムおよび社会システムに同様に適用することができよう


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,7頁
【原文】

In this way we can retain the close relation of autopoiesis and life and apply this concept to psychic systems and to social systems as well.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 1

邦訳は「あれもできるしこれもできる」的に訳しているが間違い。「あれとこれが同時にできる」というニュアンスであることは文脈上明らか。つまり、「こう考えれば、オートポイエーシスと生命の密接な関係を保持したままで、この概念を心的システムと社会システムにも適用することが可能になる」ということ。


【訳文】

われわれは、こうすることが義務づけられ、またわれわれの概念的アプローチによって義務づけられているのである。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,7頁
【原文】

We are almost forced to do it, forced by our conceptual approach.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 1

邦訳は日本語になっていない。ここでは「また」でつながれるような二つのことが書かれているわけではないし、「義務」の問題でもない。「これはほとんど不可抗力である。というのも我々は自らの概念的アプローチ自体によってそうせざるをえないからである」くらい。


【訳文】

しかしながら、心的ならびに社会的システム――その再生産は、同一のシステムの同一の構成要素により、オートポイエティックなシステムという統一体を回帰的に定義する――の「構成要素」がなんであるか綿密に定義する際、ただちに困難に突き当たる。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,7頁
【原文】

However, we immediately get into trouble in precisely defining what the "components" of psychic and social systems are whose reproduction by the same components of the same system recursively defines the autopoietic unity of the system.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 1

邦訳は英文も読めていないしオートポイエーシスが何であるかも理解していない。 "whose" の先行詞は(邦訳は "psychic and social systems" だと誤解しているが) "components" である。オートポイエーシスは、あるシステムの要素が同一のシステムの要素によって再生産されることによるシステム単位の創発であるということを理解していないと正しく訳すのは難しい。すなわち、「[オートポイエーシスだというなら]同一のシステムの同種の構成要素による構成要素の再生産が、そのシステムのオートポイエーシス単位を再帰的に定義するのでなければならないが、では心的システムや社会システムの場合その「構成素」は何であるかという点を詰めようとすると、我々は途端に困難に行き当たってしまう」ということ。


【訳文】

また、心的システムおよび社会システムの場合、われわれの理論的アプローチが、心理学的および社会学的現実をも包括する(?)生命体の細胞、神経生理学上のシステム、免疫システム等々といったものを含むことを要求するのであれば、「閉鎖性」とは、なにを意味するものだろうか。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,7-8頁
【原文】

And what does "closure" mean in the case of psychic and social systems if our theoretical approach requires the inclusion of cells, neurophysiological systems, immune systems, etc. of living bodies into the encompassing (?) psychological or sociological realities?


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 1

邦訳は何が何を包括する(含む)のかの理解が正反対。心理学的/社会学的現実が、生体の細胞、神経生理学的システム、免疫システムその他を包括するのであって逆ではない。すなわち、「心理学的現実や社会学的現実に、生体の細胞や神経生理学的システムや免疫システムが包括(?)されるということが、我々の採用する理論的アプローチそのものによって要請されるのだとしたら、はたして心的システムや社会システムの場合に「閉鎖」とは何を意味することになるのか」ということ。

もちろんここでいう「アプローチ」とは、「社会にも心理にも生命が必要であり、かつ生命はオートポイエーシスであるから、したがって社会や心理もオートポイエーシスだ」という考え方のこと。


【訳文】

さらに、これがオートポイエティックなシステムの自己再生産の様式として生命に結びつけられるならば、オートポイエーシスの理論は、脳と機械、物理システムと社会システム、全体社会と短期の相互行為を包含する一般システム理論のレベルに到達することはない。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,8頁
【原文】

Moreover, tied to life as a mode of self-reproduction of autopoietic systems, the theory of autopoiesis does not really attain the level of general systems theory which includes brains and machines, psychic systems and social systems, societies and short-term interactions.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 1

邦訳は「これ」が何を指すのか不明なのと、「これ=自己再生産の様式」と解しているのが間違い。 "tied" の主語は "the theory of autopoiesis" であり、それが自己再生産の一様式にすぎない生命に結びついたままでは一般理論にはなれないと言っているのである。あと邦訳は "psychic systems" を "physical systems" と見間違えている。

すなわち、「さらに、オートポイエティックシステムの自己再生産の一様式にすぎない生命に結び付けられたままでは、オートポイエーシスの理論が、脳と機械、心的システムと社会システム、社会と短期的相互行為をすべて含む一般システム理論の水準に到達することはない」。


【訳文】

もし、生命を抽象化して、オートポイエーシスを自己言及的閉鎖性を用いたシステム形成の一般的形式だと定義するならば


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,8頁
【原文】

If we abstract from life and define autopoiesis as a general form of system building using self-referential closure,


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 2

「生命を抽象化」するのではなくて「生命を捨象」する、つまり定義から「生命」にしか妥当しない特殊な要素を取り除くのである。訳文としては「生命よりもっと抽象的に」とかでもいいだろう。


【訳文】

生命に実質を与えているオートポイエティック組織の一般的諸原理が、他の様式における循環性と自己再生産においても存在すること


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,8頁
【原文】

there are general principles of autopoietic organization that materialize as life, but also in other modes of circularity and self-reproduction.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 2

オートポイエーシスは形式なので、それが「生命に実質を与え」るのではない。邦訳の書き方だと、生命に固有の原理が他のシステムにおいても働いているという(ルーマンが否定しようとしている)説のように読める。

正しくは、「オートポイエティックな組織化には一般的原理が存在し、それは生命として実現することもあるが、その他の循環性および自己再生産の様式において実現することもある」。


【訳文】

心理学の理論および社会学の理論はこの要求に答えられるよう展開されなければならず


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,9頁
【原文】

On the one hand, then, a psychological and sociological theory have to be developed that meet these requirements.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 2

邦訳だと、心理学の理論または社会学の理論という一つのものがすでにあって、それをヴァージョンアップさせろと言っているように読めるが、少し違う。「心理学でも社会学でも、この要求に答えられるような理論を一つつくらないといけない」ということである。他のがあってもよいが、少なくとも一つはこの要求を満たすものが必要だと言っているのである。


【訳文】

その際、オートポイエティック・システムは、同一性と差異性の構成という点で、統治者といえよう。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,10頁
【原文】

Autopoietic systems, then, are sovereign with respect to the constitution of identities and differences.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 3

訳者の語彙不足によるズッコケ訳。もちろんこの "sovereign" は「至高」ということで、それより上の審級がないということ。


【訳文】

このシステムは、たとえば、人間生活が、水が流動する温度の一定の短い時間を必要としているように、他のリアリティのレベルといったものを必要としている。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,10頁
【原文】

They presuppose other levels of reality, as for example human life presupposes the small span of temperature in which water is liquid.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 3

「水が流動する温度の一定の短い時間」――詩的言語のレベルに達しているといっても過言ではない意味不明訳。もちろんここで言っているのは、「温度変化の幅が、水が液体にとどまる程度の狭い範囲に限られる」ということ。文字通りには摂氏0度から100度。そうでないと飲めなくて人間が生きていけないからだが、実際にはもっと幅は狭いだろう。


【訳文】

いい換えれば、このシステムは、外部世界から同一性と差異性を取り入れることはできず、自己自身を決定しなければならないことに関する形式である


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,10頁
【原文】

In other words, they cannot import identities and differences from the outer world; these are forms about which they have to decide themselves.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 3

セミコロンの後の部分だが、ここは何重にも間違えている。まず主語の "these" を邦訳は「このシステム」としているが間違いで、正しくは「同一性と差異性」が主語である。次に邦訳は "about which" 以下が関係節であることが見えていない。また "decide themselves" を「自己を決定する」と読んでいるが正しくは「自ら決定する」である。

当該部分、正しくは、「同一性と差異性は、システムが自ら決定しなければならない形式なのである」。


【訳文】

情報、伝達そして理解、それらはシステムの――システムにとって独立して存在することのできない――局面であり、


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,11頁
【原文】

Information, utterance, and understanding are aspects that for the system cannot exist independently of the system;


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 3

邦訳は最後の "of the system" がthat節をはさんで "aspects" にくっついていると読んでいるがそんな英語はない。 "independent of A" は「Aから独立」と読むのである。というわけで正しくは、「そのシステムにとって、そのシステムから独立しては存在しえない局面」。


【訳文】

[情報は]選択として、他のものと比較されて(つまり、他に生起しうるであろうことと比較されて)、システム自身によって生産されるのである。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,11頁
【原文】

As selection it is produced by the system itself in comparison with something else (e.g., in comparison with something that could have happened).


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 4

まず、 "e.g." は「つまり」ではなく「例えば」。次に "could have happened" は「生起しうるであろう」ではなく「(実際には生起しなかったが)生起しえた」である。


【訳文】

それ[=情報・伝達・理解の綜合としてのコミュニケーション]は、そのオートポイエティックな作業をただシステムの要素として遂行するにすぎない作動上の単位としては分解不可能である。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,12頁
【原文】

As an operating unit it is undecomposable, doing its autopoietic work only as an element of the system.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 4

邦訳が意味不明なのは "doing" 以下が前の部分の理由を述べているという構造が読めていないから。「要素である」ならば「分解不可能である」という含意関係が前提にあることを念頭に置く必要あり。正しくは、「それ[=コミュニケーション]は作動単位としては分解不可能である。オートポイエーシスにおいて、作動は当該システムの要素としてしかなされないからである」。


【訳文】

それら[=後続の単位]は、さしあたり分解不可能であって、情報に関するさらなる情報を求めて、まえのコミュニケーションの内容をまず参照する。あるいは、コミュニケーションについて、その伝達に焦点を合わせて、「いかに」また「なぜ」ということを問うことができる。それらは、第一に他者言及を、第二に他者言及性を押し進めようとする。


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,12頁
【原文】

They can, being themselves undecomposable for the moment, refer primarily to the content of previous communications, asking for further information about the information; or they can question the "how" and the "why" of the communication, focussing on its utterance. In the first case, they will pursue hetero-referentiality, in the second case self-referentiality.


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 4

いちいち指摘するのが面倒なので正しい訳だけ。「後続の単位は、それが生じる瞬間においてそれ自身は分解不可能だが、得られた情報について追加情報を求めるときには主として先行のコミュニケーションの内容を参照することができるし、また先行コミュニケーションについて「どのように」とか「なぜ」と問う場合にはその伝達に照準する。前者の場合が他者言及性、後者の場合が自己言及性である」。


【訳文】

それ自身に言及することで、過程は情報と伝達を区別しなければならず、


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,12頁
【原文】

Referring to itself, the process has to distinguish information and utterance


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 4

すぐ後で、自己言及とは他者言及と自己言及の区別への言及であると結論づけられているのだから、邦訳のように自己言及が情報と伝達の区別の手段であるかのように訳すのは間違い。正しくは「コミュニケーション過程が自己を参照できるためには情報と伝達の区別が必要であり」。


【訳文】

自分自身に言及するということ(auto-referentiality)は、一値のものとして理解されるかもしれず、また二値をともなった論理によってのみ記述されるかもしれない


土方透/大澤善信(訳),「社会システムのオートポイエーシス」,
自己言及性について』,国文社,12頁
【原文】

auto-referentiality could be seen as a one-value thing and could be described by a logic with two values only


Niklas Luhmann, "The Autopoiesis of Social Systems,"
Essays on Self-Reference, Columbia University Press, p. 4

"could" を「かもしれない」と訳すのはやめよう(「やろうと思えばできる」のニュアンス)。また、この邦訳は全般に "only" の読解が怪しく、ここも「たった二値だけの論理によって」が正解。あと、ギュンターの「術語」として出てくる "auto-referentiality" の訳語が「自分自身に言及するということ」では全然術語になっておらず、訳文では自己言及(self-reference)と区別がつかない。

2014年9月8日月曜日

サール邦訳『言語行為』誤訳箇所メモ


【訳文】

言語哲学とは、指示(reference)、真理(truth)、意味(meaning)、必然性(necessity)などという用語がもつある種の一般的特性を記述し、そのことによってある種の哲学的知見をもたらすことを企図するものである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,4頁
【原文】

The philosophy of language is the attempt to give philosophically illuminating descriptions of certain general features of language, such as reference, truth, meaning, and necessity;


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 4

邦訳は "such as" 以下を "language" の例示と解し、 "language" を「用語」としているが間違い。 "such as" 以下は、 "general features of language" (「言語の一般的性質」)の例示である。


【訳文】

この形の議論――すなわち、概念Cは、分析と適用規準を欠くがゆえに正しく理解されていないということを根拠として、Cの分析とその適用規準を提出することを可能とするには、なんらかの意味において、あるいは、なんらかの観点においてCが不適切な概念であると論ずる議論


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,7頁
【原文】

This form of argument — we lack analysis and criteria for a concept C, therefore we do not properly understand C, and until we can provide analysis and criteria for C, it is somehow or in some respects illegitimate


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 5

邦訳は意味不明。しかし原文はごく単純である。すなわち――「概念Cには分析と基準が欠けており、したがって我々はCをきちんと理解できていない。そして、Cに対して分析と基準を与えることができるようになるまでCを使うのは不適切である」。


【訳文】

上述の議論で考慮されていた(やや奇妙な)意味での「規準」は、問題の語に対してわれわれが実際与え得る定義によって定められるものであった


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,7頁
【原文】

In the (somewhat odd) sense of "criterion" which is employed in these discussions the definition that we could give for these terms provides a criterion of sorts.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 5

原文は、「概念の適用基準がないとか言うけど、そんなもの定義を与えてやればそれが基準になるじゃん」と言っているだけなのだが、邦訳は謎の過去形(「定められるものであった」)のために意味不明になっている。


【訳文】

また、分析性の定義は、一つの陳述は意味または定義によって真であるとき、そしてそのときに限り分析的であるという形をとるとされてきた


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,7頁
【原文】

analyticity is defined as: a statement is analytic if and only if it is true in virtue of its meaning or by definition.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 6

これも一つ上の指摘の関係で、邦訳はここでサール(が紹介する既存の議論)が「概念の適用基準なんて定義で十分じゃん」的な議論をしていることを理解できていないために、またしても謎の過去形(「とされてきた」)を付け加えてわけわからなくしてしまっている。


【訳文】

しかし、このような議論をそのま続けるならば、以上の二つの定義はその期待された機能をはたすものでないということは明らかである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,7頁
【原文】

But, so the story goes, such definitions are no good.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 6

これは邦訳にあるような「ならば」的な仮定法ではなく、「しかし――と議論は続くのであるが――この種の定義ではまだ不十分である」みたいな意味(もちろんこんな直訳的な訳し方をする必要はない)。このあたりの文章はずっとサールが既存の議論を(後で批判するために)紹介しているところであることに注意。


【訳文】

では、われわれが先に述べた理由が、この問題に対する解答を正当化する理由たり得るのはいかにしてであろうか。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,10頁
【原文】

How indeed do we even know that the reasons we give are even relevant to the problem?


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 7

長い段落の一部で、この箇所にかぎらず訳者による無駄な補足が理解を妨げることになっている。ある命題が分析的か否かを判断する外延的な基準が与えられたときに、それが間違っていると判断でき、その判断の理由を明示することもできるとして、ではどうしてその理由が「分析的か否か」問題に関係するものであることがわかるのか、という問いである(答えは、その概念を我々はすでに理解しているからだ、というものになる)。そもそも「我々が述べる理由」は外延的基準の不適切さの理由なのだから、「解答を正当化する」は文脈上も間違いである。


【訳文】

われわれとしては、これらの例を分析的なものとして分類することについても、また、非分析的なものとして分類することについてもまったく納得が行かないとしても不思議ではない


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,13頁
【原文】

We do not feel completely confident in classifying it either as analytic or non-analytic.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 8

なぜこの簡潔な原文をこんなに長い訳文にしてしまうのかというのはさておき。「境界事例である」ということを言い換えている箇所で、「分析的であるとも分析的でないとも絶対の自信をもって言うことはできない」ということ。


【訳文】

「Xは良い」の意味がたんに「私には、はXを好きだ」であったとしたら意味をなさないような単語の並べ方、たとえば、「私はそれが好きだ。しかし、それは良いものなのか」というような文を示す


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,17頁
【原文】

one [...] shows that certain forms of words make a kind of sense they could not make if "X is good" just meant "I like X", such as e.g. "I like it, but is it really any good?"


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 11

これは「私はXを好きだ」の誤植なんだろうけど、「単語の並べ方」とか書いてるから一瞬そうじゃないのかと思ってしまう。


【訳文】

以上のことを認めるならば、本書における研究の出発点は、人々が言語について上述のような知識をもち、その知識に対して特に望ましいとされている種類の規準を提出する能力をもつか否かということに対して、その知識の有無は無関係であるという事実である


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,18頁
【原文】

The starting point, then, for this study is that one knows such facts about language independently of any ability to provide criteria of the preferred kinds for such knowledge.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 11

ここも簡潔な原文を無駄に長くして意味不明にしてしまっている。「とにかく我々は言語についてそうした知識をもっているのであって、その知識について的確な基準を明示できるかどうかというのはまた別の話なのである」とか。


【訳文】

そのような言語特性記述を行なうことは、記述の対象となる言語自身を使ってなされた場合、それ自身が規則に従った発言である以上、私がその言語を習得しているということをさまざまな仕方で明示することと同じことになる


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,20頁
【原文】

[S]ince the linguistic characterizations, if made in the same language as the elements characterized, are themselves utterances in accordance with the rules, such characterizations are manifestations of that mastery.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 12

「対象と同じ言語を用いて言語特性記述を行う場合、その特性記述もまた対象と同じ規則に従っているわけだから、その特性記述自体が当該規則が習得されていることの一つの表れである」ということ。「さまざまな仕方で明示することと同じことになる」とか原文にはない( "manifestations" が複数形なのは主語である "characterizations" が複数形だからにほかならず、「一つの」と訳すのが正しい)。


【訳文】

そのような言語特性記述を限りなく与えようとも追及の手をやすめない相手に対して、「私は英語を喋っているのだ」と答える


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,21頁
【原文】

if pushed by the insistent how-do-you-know question beyond linguistic characterizations altogether, to say "I speak English".


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 13

「 "Women are female" は分析的な命題だ」に対し、何でそんなことがわかるの? としつこく訊いてくる人に「私は英語を喋っているのだ」が答えになるわけない。答えになるのは「私は英語が喋れる」(もっとくだいて言うと「いや俺、英語わかるからさ」)である(原文が "I am speaking English" ではないことに注意)。


【訳文】

一つの言語を私が使用できるためには、私によるその言語の諸要素の使用が規則的であり、かつ体系的な一群の規則を習得することが必要とされる。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,22頁
【原文】

My knowledge of how to speak the language involves a mastery of a system of rules which renders my use of the elements of that language regular and systematic.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 13

邦訳は意味不明。「ある言語の使用法を知っているならば、その言語の要素の使用を規則的かつ体系的にする規則体系を習得しているはずである」くらいか。


【訳文】

私の知識は、私が実際に野球に参加できるということ、とりわけ、一群の規則を内面化してもっているという事実に基づくのである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,23頁
【原文】

My knowledge is based on knowing how to play baseball, which is inter alia having internalized a set of rules.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 14

「野球のやり方を知っているということ」で十分わかるのに「実際に野球に参加できるということ」にする理由がないし、実際には参加できないがやり方は知っているという事態がありうる以上、これは誤訳と言わざるをえない。


【訳文】

たとえば、家具を一定の仕方で配置することによって意思疎通をはかるということも可能であるかもしれない。しかし、その配置の意味を別の誰かがなんらかの仕方で理解するとき、彼がその配置に対してとる態度は、その配置に対して私がとる態度とはまったく異なるものとなるであろう。しかし、いずれの場合も配置が意図的行動の結果であるという点にかわりはないゆえに、私が言語行為と呼んでいる行動にとっては特定の種類の意図のみが適当であるということを理解することが可能である。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,28頁
【原文】

For example, it would be possible to communicate by arranging items of furniture in certain ways. The attitude one would have to such an arrangement of furniture, if one 'understood' it, would be quite different from the attitude I have, say, to the arrangement of furniture in this room, even though in both cases I might regard the arrangement as resulting from intentional behavior. Only certain kinds of intentions are adequate for the behavior I am calling speech acts.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 17

邦訳は、家具の配置に対して、それをメッセージと理解する人とそうでない人の態度の違いを対比しているように書いているが間違い。そんなふうに受け取る側の態度の違いだけを論じたのでは、意図の違いについての議論につながらない。

ここでは、メッセージを担うよう意図的に配置された家具と、そうした目的はないが例えば美観上の観点から意図的に配置された「この部屋」の家具を比較して、どちらも「意図的に配置された」という点では変わらないのに受け取る側の態度がまったく異なるのは、言語行為(前者の例)に特有の意図が存在することの証拠だ、と論じているのである。


【訳文】

さて、言語使用は、それが規則に支配されるものであるゆえに、それ自身独立した研究の課題となり得るという形式的特性をもっている。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,28頁
【原文】

Now, being rule-governed, it has formal features which admit of independent study.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 17

「という」が不要。これがあると全然意味が違ってくる。


【訳文】

さて、このうちのいずれかの文を話し手が発話するということに対して、われわれはいかなる描写や記述を与えるべきであるかということに関して考察してみたい。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,39頁
【原文】

Now let us ask how we might characterize or describe the speaker's utterance of one of these. What shall we say the speaker is doing when he utters one of these?


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 22

「それぞれの発話をする際に、この話し手が何をしていると我々は言うだろうか」訳抜け。(これはわざとかもしれないが)


【訳文】

話し手は、上述の四つの文を発話するときにはつねに、ある特定の対象、サムを指示(refer)または表示(denote)し


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,40頁
【原文】

in uttering any of these the speaker refers to or mentions or designates a certain object Sam,


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 23

原文では "denote" という動詞は使われていない。なぜ入れたのかちょっと意図が謎……


【訳文】

発語内行為を表わす英語の動詞には、次のようなものがある。[略] "censure" 「検閲する」[略]


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,40頁
【原文】

Some of the English verbs denoting illocutionary acts are [...] "censure," [...]


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 23

「検閲する」は発語内行為だろうか……というのは措くとしても、「検閲する」は "censor" であって "censure" は「非難する」。


【訳文】

私の用語法においては、なんらかの表現を指示する(述定する、主張するなど)という述べ方はまったくの無意味となるか、あるいは、その表現がさまざまな話し手によって指示する(述定する、主張するなどの)ために使用されていると述べるかわりに用いられる省略表現であるかのいずれかである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,48頁
【原文】

To say that an expression refers (predicates, asserts, etc.) in my terminology is either senseless or is shorthand for saying that the expression is used by speakers to refer (predicate, assert, etc.);


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 28

うっかりミスだろうけど、ここは間違えてはいけないところ。「表現を指示する」ではなく、「表現が指示する」。


【訳文】

確定指示という概念とそれに対応する確定指示表現という概念の間に明確な境界はない


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,48頁
【原文】

The notion of definite reference and the cognate notion of definite referring expression lack precise boundaries.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 28

「指示(するという行為)」とそこで使われる「表現」の間には明確な境界があるだろう(定義的に考えて)。ここは、両者の間の境界が不明確だというのではなく、「(確定)指示」とそうでないものの間の境界が不明確だと言っているのである。


【訳文】

むしろ、哲学においてしばしば犯される誤謬は、以上のような疑問に対して、錯覚を免れた一義的な解答が存在すると考えたり、さらに悪いことに、錯覚を免れた一義的な解答が存在しないかぎり指示という概念自体に価値がないというように考えたりすることである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,49頁
【原文】

A common mistake in philosophy is to suppose there must be a right and unequivocal answer to such questions, or worse yet, to suppose that unless there is a right and unequivocal answer, the concept of referring is a worthless concept.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 28

ことさらに誤訳というわけではないが "right" を「錯覚を免れた」と訳す意図が不明。赤字箇所は「一義的な正解」でいいんじゃないの?


【訳文】

指示表現を発話することの特徴的な機能は特定の対象を他の対象とは切り離して固定すること、あるいは、このように選び出すことである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,49頁
【原文】

The utterance of a referring expression characteristically serves to pick out or identify a particular object apart from other objects.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 28

邦訳は意味不明。おそらくこういう過程を経たのではないかという予想は次の通り――まず(なぜか)後ろの "identify" から訳して「同定する」としたがこれが誤植で「固定する」になり、その後に原文では前にあった "pick out" を「選び出す」とし、「他の対象とは切り離して」の意味で「このように」をつけたのではないか。いずれにせよ、「他の対象とは切り離して取り出す、または同定すること」と素直にやっておけばよかったところ。


【訳文】

そして、命題を表現するのみにとどまり他のことをまったく行なわないということは不可能である。そして、命題を表現するならば、その結果何らかの完全な言語行為を遂行することになる


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,51頁
【原文】

One cannot just express a proposition while doing nothing else and have thereby performed a complete speech act.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 29

一文の原文を訳文で二文に分けるのは下手な人がやると間違えるので注意という案件。

まず正しい訳文は、「命題を表現するだけで他のことは何も行わず、それでいて完全な言語行為を遂行しているなどということはありえない」である。

そのうえで、邦訳の一文目は誤訳ではあるが内容は間違っていないのでぎりぎりセーフ。しかし二文目は「命題を表現する」ことが原因となって「完全な言語行為を遂行する」という結果が起こると言っているのであるから明らかに間違いである。せめて「命題が表現されているならば、何らかの完全な言語行為が遂行されているはずである」という論理的な言い方をしておけば内容まで間違えずにすんだ。しかしまあいずれにしても誤訳である。


【訳文】

実際、「私は行くと約束しない」における「約束しない」という発話は、「私は行くと約束する」における「私は約束する」という発話と同様に、自叔伝の中の主張に完全に同種であるということはできない


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,57頁
【原文】

But, e.g., "I don't promise" in "I don't promise to come" is no more an autobiographical claim than "I promise" is in "I promise to come".


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 33

邦訳は意味不明。まずここの "autobiographical" は「話し手が自分の行為について陳述する」という意味なのだから、「自叙伝」とか無茶な訳語を使うくらいなら「自己叙述的」くらいにしておけばいいのである。いずれにせよ、「自叔伝の中の主張に完全に同種であるということはできない」などという迷訳がどこから出てきたのか理解に苦しむ。

ここは「私は約束する」という発語内行為が「約束を内容とする陳述行為」であるわけではなく端的に「約束行為」であるのと同様に、「私は約束しない」という発話は「約束の不存在を内容とする陳述行為」であるわけではなく端的に「約束行為の不存在」であるということを言っているのである(が、邦訳からそのことを読み取れる人はいないだろう)。

なお、邦訳で直前のところに「┣~(q)」とあるのは「┣(~q)」の誤植。


【訳文】

統制的規則は、エティケットに関する規則がその規則とは独立に成立している個人間の関係を統制するという例にみられるように、既存の行動形態をそれに先行して、またそれとは独立にそれを統制する。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,58頁
【原文】

As a start, we might say that regulative rules regulate antecendently or independently existing forms of behavior; for example, many rules of etiquette regulate inter-personal relationships which exist independently of the rules.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 33

邦訳は "antecendently or independently" という副詞が "regulate" という動詞にかかっていると解しているが間違い。この二つの副詞はその直後の "existing" という形容詞にかかっているのである(セミコロン後の例示で "independently" がどう使われているか見れば明らか)。規則によって統制される行動形態が、その規則に先行し、規則とは独立に存在するということ。


【訳文】

この両者の疑問の表面上の意味のみを理解して答えようとするかぎり、「XをYとみなす」という形式をもつ規則を引用して答えるという以外の方法はない。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,60頁
【原文】

As they stand both questions can only be answered by citing a rule of the form, "X counts as Y"


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 35

言及されているのは「約束をすることが義務を生じさせるのはいかにして可能であるか」と「タッチダウンによる得点が6点であるのはいかにして可能であるか」である。邦訳ではこの二つの疑問文に「表面上の意味」に対比される「深い意味」があるようにしか読めないが、もちろんここはそんなことを言っているのではない。

正しくは「このような形の問いに対しては……のように答えるしかない」。


【訳文】

しかし、この意味における新たな行動形態に言及することは無意味である。そして、このような概念は、そもそも私が問題にしているものではない


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,61頁
【原文】

That is not the sense in which my remark is intended.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 35

無茶苦茶である。ここは「……な言い方も可能だが、私が言っているのはそういう意味ではない」ということ。


【訳文】

しかし、ここにおいて述べなければならない修正が二点ある。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,63頁
【原文】

But there are two qualifications that need to be made..


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 36

"qualification" は「修正」ではなくて「限定」。


【訳文】

第一に、構成的規則は、さまざまな体系をなして存在するゆえに、この形式を具体的に実現するのはその体系全体であり、体系内部の個々の規則ではない。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,63頁
【原文】

First, since constitutive rules come in systems, it may be the whole system which exemplifies this form and not individual rules.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 36

文末に「場合もある」をつけてください。


【訳文】

たとえば、「オフサイド」、「ホームラン」、「タッチダウン」、「チェックメイト」などは、Xの位置に来る言葉によって特定された事態に対するたんなるラベルではなく、むしろ、たとえばペナルティーや得点や勝ち負けという方法によって更にさまざまな帰結を導入している。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,63頁
【原文】

Thus "offside", "homerun", "touchdown", "checkmate" are not mere labels for the state of affairs that is specified by the X term, but they introduce further consequences, by way of, e.g., penalties, points, and winning and losing.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 36

邦訳だと、例えば「オフサイド」が「ペナルティ」という方法によって更に別の帰結を導入するように読めるが、もちろんここで言われているのは、「オフサイド」が「ペナルティ」という帰結を導入している、ということである。どうもこの邦訳は「道」でない "way" を「方法」と訳すという拙い方針を採用しているようで困る。


【訳文】

しかし、しかじかの条件においてある人が魚を釣ったことになるということは、慣習の問題ではなく、さらに、慣習に類するいかなるものとも無縁である。それに対して、一つの言語において遂行される言語行為の場合には、ある種の条件においてしかじかの表現を発することが約束することであるとみなされるということは、――作戦や、テクニックや、こつや、自然的事実とは区別される――慣習に関わる問題なのである。


坂本百大/土屋俊(訳),『言語行為』,勁草書房,63頁
【原文】

But that under such and such conditions one catches a fish is not a matter of convention or anything like a convention. In the case of speech acts performed within a language, on the other hand, it is a matter of convention — as opposed to strategy, technique, procedure, or natural fact — that the utterance of such and such expressions under certain conditions counts as the making of a promise.


John R. Searle, Speech Acts, Cambridge University Press, p. 37

「どういう条件下で魚を釣ったことになるか」というのは明らかに「魚を釣る」という行為の定義の問題であって、ここの例にはふさわしくない。原文をきちんと訳すなら「しかじかの条件下で魚が捕れる」であり、これはもちろん自然的物理的事実の問題である。邦訳は「ことになる」という余分なものをつけたことでおかしなことになっている。

またこの邦訳は "convention" を「慣習」と訳しているが不適。最近なら「規約」が定訳だが、「決め事」でもいいだろう。

2014年9月3日水曜日

邦訳『レッドドラゴン』(下巻)の誤訳箇所メモ



以下、読んでいてメモする気になったところだけ。網羅的ではありません。



【訳文】

わたしの話はまた聞きだがね。きょう日この辺じゃ、われわれ捜査関係のものは評判がよくなくて


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,6頁
【原文】

My stuff is secondhand. We're not popular around here today.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

FBI特別捜査官の台詞。邦訳は「捜査関係のもの」が一般市民に評判が悪いという構図だが間違い。FBIが地元警察に評判が悪いのである。


【訳文】

焼けただれて腫れあがった咽喉を開いているプラスティックのチューブは、彼の呼吸に合わせて早いリズムでヒーヒー音を立てた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,9頁
【原文】

The plastic airway holding open his scorched and swollen throat hissed in time with the respirator.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

「人工呼吸器」に合わせて「シューシュー(シュコーシュコー)」と音を立てたのである。


【訳文】

救急治療室で胸に皮下注射をしたとき、ちょっと意識が戻りましてね。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,9頁
【原文】

he came around for a minute in the emergency room when they gave him a shot in the chest.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

半死半生の状態で「皮下注射」なわけがない。おそらく強心剤を直接心臓に注射したのだろう。


【訳文】

……三号室に入れろ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,10頁
【原文】

... put him in there.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

"in there" を "in three" に見間違えたんですね。


【訳文】

われわれは君たちのために電話の逆探知もしたが、そのあげくがこのクソいまいましい記者殺しの事件ときた。それでいて君たちには彼に対する責任がない


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,14頁
【原文】

We run down a phone trace for you and collar a fucking news reporter. Then you've got no charges against him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 23

邦訳は完全に出鱈目。 "collar" は「逮捕する」。 "charge against" は「告訴」。シカゴ市警が逆探知してラウンズを逮捕したのにFBIが告訴しなかったことをなじっているのである。


【訳文】

〈タトラー社〉の警備員はほとんど何も見てない。ああいうやつなら、ろくろく見てなくてもレスリングのレフェリーだってつとまるさ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,16頁
【原文】

The guard at the Tattler saw zip. He could referee wrestling he sees so little.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 23

邦訳は文意が理解できなかったのであろう。雰囲気訳で意味不明。まず、この「レスリング」はプロレスであり、プロレスの審判は反則を見逃すのが仕事である(笑)。それを踏まえたうえで、「あれだけ見てなけりゃプロレスの審判だって務まるさ」と皮肉を言っているのである。


【訳文】

彼を常時監視させなかったのはまずすぎるよ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,18頁
【原文】

Too bad you didn't stake him out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 23

原文は邦訳のような攻撃的な調子ではない。「~のは失敗だったな」くらい。同情する感じ。


【訳文】

もうこれから一生このいやなピストルは手にしないわ、ウィル。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,34頁
【原文】

I'm not carrying this damned pistol the rest of my life, Will.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 24

邦訳は「ここでピストルを捨ててもう二度と持たない」と言っているが、原文は「今後死ぬまでピストルを持ち続けるのは嫌だ」と言っている。


【訳文】

オークランドへ行って成人映画を見てるのもわるくないかもしれんな。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,34頁
【原文】

Maybe you can get down to Oakland and watch the A's.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 24

オークランドと成人映画になんの関係が! この "the A's" は "Athletics" すなわち「オークランド・アスレティックス」の略称である。これはグレアムがモリーに向けた台詞だが、モリーは野球好きなのである。


【訳文】

グレアムはなんだか涙が出そうになった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,34頁
【原文】

Graham felt something tearing.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 24

この "tearing" は「引き裂く」の方。胸が引き裂かれるような思いがしたのである。


【訳文】

食事が滞らないように給仕を適切に指示したり、会話をうまくはこばせるために、話しべたな人たちには気軽に話題を持っていったり、話し上手な人の話がいちばんおもしろいところになって、ほかの年寄りたちの注意をそれに向けさせたりするのは、かなり熟練を要することだが、今では祖母の手腕は情ないほど衰えていた

祖母も若い頃は上手にこなしたのだろうが、いまはこの食卓で努力しても、最初のうちだけ、ほそぼそながら会話が続けられる二、三の老人たちの食事を楽しくする程度だった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,60-1頁
【原文】

Keeping a luncheon table going, pacing the service, managing conversation, batting easy conversational lobs to the strong points of the shy ones, turning the best facets of the bright ones in the light of the other guests attention is a considerable skill and one now sadly in decline.

Grandmother had been good at it in her time. Her efforts at this table did brighten meals initially for the two or three among the residents who were capable of linear conversation.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 27

邦訳はこの二段落の意味を完全に誤解している。ここは祖母が衰えたと言っているのではなく、祖母が昔とった杵柄を老人ホーム経営に活用し始めたと言っているのである。

まず、一つ目の段落は全体が現在形で書かれており、作者が物語の進行からいったん離れて一般論を語っているところである。古き良き客あしらいのスキルが最近衰えてきていけませんなあという一般論としての慨嘆である。

二つ目の段落は、その語りの現在において衰えつつある作法が祖母の中ではまだ生きていて、祖母はそれを実際にうまく活用したと言っているのである。もちろん相手が老人ホームの入居者であるがゆえの限界はあり、また「はじめのうちは(initially)」という断り書きが後に何か起こるのだろうという不穏な雰囲気を漂わせてはいるが、それでもこの段落の基調はポジティヴなものである。


【訳文】

食べものをこぼしたり、眠りこんだり、自分がなぜ食卓にいるのか忘れてしまっている者たちがいれば、ベルと舌足らずの言葉と身ぶりで処理された。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,61頁
【原文】

A ring of the bell and a gesture in mid-sentence took care of those who had spilled or gone to sleep or forgotten why they were at the table.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 27

「舌足らずの言葉」というのが原文にない。 "gesture in mid-sentence" というのは会話を中断せずに手振りの合図で処理させるということ。


【訳文】

フランシスはあとあとを楽しみにすることができたので、食事の間じゅうそうした話を我慢して聞いていることができた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,64頁
【原文】

Francis could make it through dinner because there was something he looked forward to afterward.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 27

邦訳では「あとあと」というのが意味不明だし、直前の文にある「将来自分で治療費を払えるようになって手術をうけること」なのかと思ってしまう。ここは祖母の退屈な話に耐えられたのは「夕食後に楽しみなことがあったからだ」ということ。楽しみの内容は直後に書かれている「馬車に乗ること」である。


【訳文】

こわれた子豚の貯金箱に立てかけた、シャツの当て紙用のボール紙に、小さな字で〈あたらしい家〉ときちんと書いてある。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,84頁
【原文】

The title, The New House, is spelled out in pennies on a shirt cardboard above a broken piggy bank.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 28

「ペニー」つまり1セント硬貨を並べて字にしているのである(だからぶたの貯金箱が壊れているのだ)。またこれはフィルムのタイトルなのだが、邦訳ではそのことがわからない。なお邦訳下巻165頁にも同じ誤訳がある。


【訳文】

ダラハイドはそのフィルムを手のひらにのせると、それが逃げようともがいている小さな生きものか何かのように、もう一方の手で蓋をする。まるでクリケットのように、ボールがはねて彼の手のひらにおさまったような感じだ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,86頁
【原文】

Dolarhyde holds the film in his palm and covers it with his other hand as though it were a small living thing that might struggle to escape. It seems to jump against his palm like a cricket.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 28

邦訳は「クリケットのように」がわからないばかりに、想像力を存分に発揮した珍訳にしてしまった。しかしこの "cricket" は野球に似たゲームのことではなく「コオロギ」である(想像力を発揮する前に辞書を引こう)。両手で捕まえたコオロギが逃げようと手の中でジャンプする感触のことを言っているのである。


【訳文】

彼らはZプラスティーを彼の鼻に注入し


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,89頁
【原文】

They performed a Z-plasty on his nose,


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 28

わからないからといって得体のしれないものを勝手に注入するのは良くない。 "Z-plasty" は「Z形成術」なので「鼻に施した」くらい。 "performed" とか "on his nose" で「注入」でないことはわかりそうなものだが。


【訳文】

わたしが盲目だってことをはじめから知ってたのかもしれないけど。でもその方がいわ……彼がなんとも思わなかったとしたら……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,103頁
【原文】

Maybe he already knew she was blind. Better yet, maybe he didnt give a damn.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 29

これは、二つ可能性を考えて後者のほうがいいと言っているのである。つまりリーバが全盲であることを知ってもダラハイドに動じた素振りがなかったのは、「最初から知っていた」か、「そういうことを気にしない人である」かのいずれかだが、後者だったらいいのにな、と言っているのである。邦訳はこの二つの可能性の区別がついていなくて意味不明。


【訳文】

記録係の身分証明書を持った警察のカメラマンたちも会葬者たちを写していた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,104頁
【原文】

Police photographers with press credentials photographed the crowd.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

「記録係」って何? ここは警察の撮影係が身分を隠し、マスコミの振りをして会葬者を撮影しているのだから、彼らは「PRESS」と書かれた「取材証」を身につけているのである。


【訳文】

会葬者の群れは低い音を立てながらふわふわした芝草を踏んで墓地の門の方へ動いて行った。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,105頁
【原文】

The crowd made little noise moving over the spongy grass to the cemetery gates.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

「低い音」って何の音? もちろんここは、がやがやせずに「静かに」帰っていったということを言っているのである。


【訳文】

ところでね、グレアム、お酒が飲みたけりゃ、わたし、一本だけだけどあるわよ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,108頁
【原文】

Well look, Graham, if you ever, you know, feel like a drink, I've got one.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

邦訳は意味不明。何が「一本だけ」あるの? ここはトップレスバーを経営しているウェンディが、「お酒飲みたくなったらうちに来てね」と言っているのである。これが直後の「でも表じゃ素面でいてちょうだい」と対応する。


【訳文】

もう一人の警官は警察車に乗ってそのあとに続いた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,108頁
【原文】

A second policeman followed in an unmarked car.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

邦訳だとパトカーのこととしか読めないが "unmarked" なので普通車(覆面パトカー)である。


【訳文】

葬式はわれわれにセックスの欲望を起こさせることがよくある……それは死にとってはいやなものだ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,108頁
【原文】

funerals often make us want sex — it's one in the eye for death.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

邦訳は意味不明。 "be one in the eye for ..." は「……にとっては目に一撃食らうようなもの」というのが原義で、目に一撃食らうとすごく痛いので「痛恨の一撃」みたいな意味になる。ここでは、「葬儀に出るとセックスがしたくなることがある」という経験的な観察に対し、その理由として、「死」に対抗するにはセックスが最大の武器になるからと述べているのである。もちろん、死は生命を奪うがセックスは生命を生み出す、という対比が前提にある。


【訳文】

普通の車とはちがった震動と反響に取りかこまれて、彼女がバケットシートのふちにつかまって乗りこむと、彼は彼女に安全ベルトをかけた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,115頁
【原文】

Surrounded by resonances and echoes unlike those of a car, she held to the edges of the bucket seat until Dolarhyde fastened her safety belt.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

これは乗り込む場面の描写ではなく、乗り込んだ後で、バケットシートの両端を両手で持っているところに、ダラハイドがシートベルトをしてくれた、という場面。乗り慣れない車に乗った全盲の女性の不安感が示されている。他方、シートの両端(複数形の "edges" )なのだから、邦訳のようにそれを持って乗り込んだりはできない。


【訳文】

結果的には〈ビーダー〉に入ってよかったわけだね」

「ほかの人たちもね。〈ビーダー〉は何一つ期待を裏切るようなことはしないもの」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,119頁
【原文】

"You worked out well for Baeder."

"The others did too. Baeder's not giving anything away."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

この直前でリーバが語っているように、ビーダー社は国防総省との契約を成立させるために、女性や非白人や障害者などの雇用を増やす必要があった。リーバは女性でかつ障害者なので、その点で「ビーダー社にとって都合が良かった」のであるが、会社はそのことを「明言したわけではない(「都合が良かった」というのは自分の推測である)」というのがこの会話の内容である。邦訳は "work out well for ..." とか "give away" といった表現を知らないため、適当に雰囲気訳にして失敗した模様。


【訳文】

だってわたしたち、目の見える人たちの世界で生活する訓練をしてるけど、実際にはそんな生活はしてないんですもの。さんざん話し合いました


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,120頁
【原文】

I mean, we were training people to live in the sighted world and we didn't live in it ourselves. We talked to each other too much.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

「訓練をしてる」のではなく「訓練させている」のであり、そのトレーナーの側が健常者の中で暮らしておらず、「視覚障害者同士でしか話をすることもない」ということである。邦訳の「さんざん~」だと一文目の内容を問題視してみんなで話し合ったかのように読めるがそうではない。あくまでここは施設の閉鎖性を説明する部分。


【訳文】

〈ミセス・ポール〉のカニ・ボールがすこしあるんですよ。とってもいいものなの


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,120頁
【原文】

I've got some Mrs. Paul's crab-ball miniatures in here. They're pretty good.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"Mrs. Paul's" というのは冷凍食品のブランドなので、それを「とってもいいもの」はないだろう。「すごくおいしいの」くらい。


【訳文】

わたしはあなたが話さずにいられないことに興味があるんですもの。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,121頁
【原文】

I'm interested in what you have to say.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"what you have to say" の "have to" を "must" の意味に読むのは初心者がよくやる間違い。これは、「あなたが持っているところの話すこと(話の内容)」という意味。訳文としては「あなたのことに興味があるの」でOK。


【訳文】

外出用の歯でだってスティック・パンぐらいわけなく噛み切れるんだからな


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,122頁
【原文】

Even in street teeth he could do it as easily as biting off breadsticks.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

スティックパンが噛み切れるのは当たり前。スティックパンを噛み切るのと同じくらい簡単に指も噛みちぎれると言っているのである。


【訳文】

ガリガリ、ガリガリ……親指は残しておこう。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,122頁
【原文】

Crunch, crunch, crunch, crunch, maybe leave the thumb.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"crunch" という音が4回していることに意味がある(つまり親指以外の4本の指を噛みちぎったということ)のだから、訳にも反映させないと。あと「ガリガリ」じゃなくてもっと勢い良く「バキッ」とか「ブチッ」とかにしてくれないと。


【訳文】

彼女は手を太腿にのせ、半ば閉じ、視線を避けるかのように指さきでスカートの上をなぞった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,123頁
【原文】

Her hand settled to her thigh and half-closed, fingers trailing on the cloth like an averted glance.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

相手の「視線を避ける」のではなく、自分の「視線をそむける」のである。しかしリーバは盲目なのでそれを指で表現したわけだ。


【訳文】

ラルフ・マンディは彼女を食事に連れて行くので迎えにくるはずだった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

Ralph Mandy was coming to take her to dinner.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

邦訳は日本語になっていないがそれはともかく。ここは別にいまから来るということではなくて、このところよく一緒に食事に行くというニュアンス。


【訳文】

彼は人生に傷つくことをひどく恐れていたので、人を愛することができなかった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

He had a particularly cowardly mew about being so scarred by life that he was incapable of love.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

「昔いろいろあってさ、俺、人を愛することができないんだ」みたいなことをめそめそ言う、ということ。


【訳文】

ラルフは楽しんでいたが、彼女は彼を自分のものにしたいとは思ってもいなかった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

Ralph was amusing, but she didnt want to own him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"amuse" は「楽しませる」という動詞だからラルフが楽しんでいるのではない(この訳者にかかると "Ralph was surprising." が「ラルフは驚いた」になってしまいそうだ)。「ラルフは楽しい人ではあるが」ということ。


【訳文】

自分にたいして帽子をとって敬意を払うとか、気がすむまでゆっくり一緒にいてくれるだけの勇気があり、自分を同等に扱ってくれるような人


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

someone with the courage to get his hat or stay as he damn pleased, and who gave her credit for the same.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

「帽子をとって敬意を払う」は "get his hat" がわからず雰囲気訳にして間違えている箇所。この "get" は「かぶっている帽子をとる」のではなく「脱いで置いてある帽子をつかむ」のであり、要するに「帰る」という意味。つまり、自分に対して変に気を使わず、帰りたくなったら帰るし、帰りたくなかったら帰らないという選択がきっぱりできる人で、かつ同じ選択を自分に対しても認めてくれる人、ということ。


【訳文】

グレアムは行くさきざきで刑事とカメラと大勢の制服警官たちを見たし、絶え間なくがなり立てるラジオのニュースを耳にした。彼は静かにしていなければならなかった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,129頁
【原文】

Everywhere Graham went he found detectives, cameras, a rush of uniformed men, and the incessant crackle of radios. He needed to be still.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

まずこの "radios" はラジオのニュースではなくて警察の無線機だろう。第二文は、邦訳だとまわりがうるさいからグレアム自身は静かにしていないといけないように読めるが、そうではなくて、考えるために「静かな環境が必要だった」ということだろう。


【訳文】

「わかった。もっと話してくれ」グレアムの顔が緊張した


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,130頁
【原文】

"Good. More for me." Graham's face was drawn.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

一文目は、直前で「オレンジジュース飲むかい?」と聞いたら「むしろ有刺鉄線が飲みたいね」と言われたので「そうかい。じゃあ俺が飲む」と答えているのである。二文目はここで「緊張した」のではなくて、それ以前から「やつれていた」のである。


【訳文】

いいかね、ラウンズはまったく鼻もちならないやつだった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,137頁
【原文】

Listen, Lounds was a straight snuff.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

邦訳はわからないから適当にそれっぽい訳文にしているだけ。私も "straight snuff" の意味合いが完全にわかるわけではないが、後に続く文章から考えて、ここは「ラウンズの事件は他の事件と比較して構造がごく単純だ(したがってグレアムが特に考えるべきことはない)」という意味でなければならない。


【訳文】

ラウンズについちゃしっかりした証拠がほとんどないが、警察がそれを握ってる。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,137頁
【原文】

There's a little hard evidence with Lounds, and the police are handling it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

邦訳は意味が正反対。ラウンズの事件では確かな物証( "hard evidence" )があって(車椅子とか)、それをちゃんと警察で握っているからグレアムの出番はない、と言っているのである。 "a little" が肯定的表現というのは中学生でも知っていることなのに……。


【訳文】

犯人をつかまえることができさえすれば、その点もはっきりするだろうがね」。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,138頁
【原文】

If we ever get him, that's how we'll do it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

邦訳は出鱈目。グレアムは「犯人を捕まえるにはそれ[=犯人と被害者の関係を解明する]しかない」と言っているのである。後半の "that" が「犯人と被害者の関係を解明すること」で、最後の "it" が「犯人を捕まえること」を指す。


【訳文】

その部屋の空気に絶望が垂れこめていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,139頁
【原文】

The room smelled of desperation.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

グレアムは必死になって資料にあたっているのであって「絶望」などしていない。原文が言っているのは「やけくそで必死な様子」。


【訳文】

ニュースキャスターたちは、今度はおれのことを〈竜〉と呼んでる……これまでおれの行為は“警察が名づけた〈噛みつき魔〉殺人”だったのに


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,141頁
【原文】

The news readers were calling him the Dragon now. His acts were "what the police had termed the 'Tooth Fairy murders'".


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 33

例によって邦訳は時制が読めていない。ダラハイドの行為は――マスコミ報道の水準で――ここで初めて「かつて警察が『トゥースフェアリー殺人事件』と呼んでいたもの」になったのであって、「これまで」そうであったわけではない。引用符は、その内部の文言がマスコミによる表現の引用であることを示している。


【訳文】

自分たちのへまを棚に上げようってのが本音さ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,144頁
【原文】

Covering their ass is what theyre doing.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 34

邦訳の言い方ではすでにへまをしたことになるが、ここは「見込み違いだったときにFBIのせいにする」という意味なので、「予防線を張っておきたい」くらい。


【訳文】

「動物園じゃないの」と彼女は言った。「こわいわ」

――ピクニックの方がよかったのに……なんてことでしょう……でも仕方がないわ……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,147頁
【原文】

"The zoo," she said. "Terrific." She would have preferred a picnic. What the hell, this was okay.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

この "terrific" は「こわい」ではなく「すごい」。邦訳はピクニックに行きたい気持ちを強調しすぎ。「『動物園ね』と彼女は言った。『すごーい』本当はピクニックの方がよかったが、まあいい。動物園も悪くない」くらい。


【訳文】

彼がこの家に自分からすすんで客を入れたのは、彼女がはじめてで、


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,159頁
【原文】

She was the first voluntary company he ever had in the house,


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

「自分からすすんで家に入ったのは」の間違い。作中でもダラハイドは自分の意志でラウンズを家に連れ込んで殺してるわけで。


【訳文】

蓋を取って匂いをかいでみると口内洗浄剤だったのでシューッと口内に吹きつけた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,163頁
【原文】

She took off the cap, smelled to verify mouthwash, and swished some around.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は口臭スプレーと勘違いしているが、マウスウォッシュだからお口くちゅくちゅモンダミンみたいなやつのことである。 "swish around" というのはまさに口に含んでくちゅくちゅやることを意味する表現。


【訳文】

この女に古くさい型のドレスを着せたらおもしろいだろうな……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,166頁
【原文】

Fun with old clothes.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は勝手にこれをダラハイドの心の声と解しているが見当違い。これは観ているフィルムが、子供たちが祖母のドレスを着て遊ぶシーンに来たということを記述しているのである。邦訳だと下巻85頁の記述の再現。


【訳文】

それから盲人用水晶時計の蓋をパチンとあけ、指で時間をさぐった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,174頁
【原文】

Reba flipped up her watch crystal and felt the time.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

"watch crystal" というのは腕時計の盤面を覆っているガラスのこと。これを開けて、盤面を直接手で触ったのである。邦訳はこれがわからず「盲人用水晶時計」なるものを発明してしまった。


【訳文】

「ぼくは工場へ行かなくちゃならないから」と彼は用意しておいた嘘を調子よく言った


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,175頁
【原文】

"I have to go to the plant," he said, modifying the lie he had ready.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

用意してあった嘘をちょっと「修正して」言ったのだが、邦訳がなぜ「調子よく」だと思ったのかは不明。


【訳文】

ヴァンのオイルは四分の一に減っていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,176頁
【原文】

The van was a quart low.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は減らしすぎ。「オイルが1クォート減っていた」のである。


【訳文】

彼は男のベルトを引き抜いて、ずり落ちたズボンの前へその注ぎ口を放り出した


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,178頁
【原文】

He pulled out the man's waistband and dropped the spout down the front of his pants.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は例によってなんとなくの雰囲気訳で間違い。ベルトを引き抜いてできたズボンと腹の隙間に、オイルの注ぎ口を落とした(突っ込んだ)のである。


【訳文】

その腐った目で自分を見ろ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,179頁
【原文】

Keep your pig eyes to yourself.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

「見ろ」ではなくて「目を離すな」。「二度とおかしな真似をするな」みたいなこと。


【訳文】

そっけないが、信頼のおける見解だ。正しく認識している


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,181頁
【原文】

A dry vote of confidence, much appreciated.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

邦訳は出鱈目。 "vote of confidence" は信任票のこと。グレアムはボウマンの自分宛てのメモに、自分に対する信頼感を読み取ったのである。そして "much appreciated" はお礼の言葉。自分に対する信頼に「ありがたいことだ」と言っているのである。


【訳文】

音量の調節が行なわれる


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,181頁
【原文】

A shift in the quality of the sound.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

聴いているテープの「音質」が(鑑識が上から録音した資料番号とかの情報から、犯人が録音した音声へと)変化したと言っているのである。


【訳文】

藤色の重みのある封筒だ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,184頁
【原文】

Heavy mauve stationery.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

これは重さのことではなくて、藤色の色が濃いのである。


【訳文】

〈竜〉をやっつけるチャンスをわざと逃がしたんじゃないことだけははっきりしていたので、それがせめてもの救いだった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,187頁
【原文】

The certain knowledge that he would not knowingly miss a chance at the Dragon reprieved him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

邦訳は例によって時制が読めていない。今後チャンスがあったときに逃すことはない、と未来のことを言っているのである。 "would" になっているのは地の文の基本が過去形だから。


【訳文】

貴様みたいなろくでなしにはもうんざりだ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,187頁
【原文】

I'm just about worn out with you crazy sons of bitches.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

邦訳では「貴様」が誰を指しているのか不明。 "sons of bitches" と複数形になっていることから、これはレクターとトゥースフェアリー(=ドラゴン)の二人を指していることがわかる。「どいつもこいつも気違いばかりでこっちの頭もどうにかなりそうだ」みたいな。


【訳文】

主として探してるのは写真立てなんだが……映写機とムービー・カメラもなくなってるんだ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,194頁
【原文】

This is mainly what I'm after, though — a movie projector and a movie camera are missing too.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

「写真立て」は直前に出てくるのだが、そんなものがメインなわけないのであって、この "this" はこれから言うもののことを指しているのである。「それで、主として探しているのはこっちなんだが――映写機とカメラもなくなってるんだ」ということ。


【訳文】

ヴァンの横にいた男は片方の足を轢かれそうになってうしろへとびのいた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,207頁
【原文】

The man beside the van skipped backward to save his feet.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

"feet" と複数形になっているのをなぜわざわざ「片方の足」としてしまうのか謎。


【訳文】

おれのうちの二階で〈竜〉はおれの手作りの額縁に入れた絵の中で待ってる。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,211頁
【原文】

Upstairs in Dolarhydes house, the Dragon waited in pictures he had framed with his own hands.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

「自分の手で額に入れた」のであって額縁が手作りなのではない。


【訳文】

しかしフランシス・ダラハイドの声が〈竜〉をののしるのを聞いたことは一度もなかった。

「そんなことはやめろ」

いま耳にした声はこれまで絶対に〈竜〉をののしったことのない声だった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,212頁
【原文】

But he had never heard the voice of Francis Dolarhyde curse him.

"Don't do that."

The voice he heard now had never, ever cursed him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

目的語 "him" が指示しているのはダラハイド本人。ドラゴンを指すときは "Him" のように語頭が大文字になる。自分を一度も罵ったことのない声が「(自殺は)やめろ」と言っているわけだ(実際直後に思いとどまる)。


【訳文】

階段を一足とびに駆けあがりながら、精いっぱい大きく鼻腔から甲高い音……引き伸ばしたような声……を立てて思考を抑えた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,214頁
【原文】

A high humming through his nose as loud as he could to numb thought, drown out voices as he climbed the stairs at a run.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

邦訳は "drown" を "drawn" と見間違えて "drawn out voices" を「引き伸ばされた声」と解しているのである(もちろん意味不明だし訳者もわからないので「引き伸ばしたような声」と「ような」をつけてお茶を濁している)。正しくは "numb thought" と "drown out voices" が並んでいるのであって、「思考を鈍らせ、声をかき消す」ために(口蓋裂の)鼻から大きな音を発しているのである。


【訳文】

ねえ、ダラハイド、誰か行かせましょうか? それほど熱がありそうな声でもないけど。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,216頁
【原文】

Hey, D., do you want me to send somebody? You don't sound so hot.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

ダラハイドは最悪の状態で電話していて、リーバはかなり心配しているのだから、「熱がなさそう」なわけないし、声で熱のあるなしがわかるわけない。ここは「すごく調子が悪そうだけど」の意。


【訳文】

ダイナマイトのケースが入ったトランクには小型のスーツケースも入っていて、現金、いろんな名前のクレジット・カードと運転免許証、ピストル、ナイフ、そしてブラックジャックも詰めこんであった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,217頁
【原文】

In the trunk beside his case of dynamite was a small valise packed with cash, credit cards and drivers licenses in various names, his pistol, knife and blackjack.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

ここは誤訳ではないが――この「ブラックジャック」は第20章(邦訳上巻338頁)でラウンズを襲ったときに使ったスラッパー(フラットサップ)のことなのだがたぶん訳者はわかっていない。当該箇所では「角材」と誤訳していたので。


【訳文】

これ以上一階を見ている暇はなかった。彼は出口と来館者用のエレベーターの位置はわかっていた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,219頁
【原文】

There was no more time to learn the ground floor. He knew where the exits and the public elevators were.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 39

「わかっていた」というと以前からわかっていたことになるが、ダラハイドは下見に来ているのだから、当然いま「わかった」のである。


【訳文】

シャツの下には平べったい九ミリ口径のピストル、革で包んだ短い棍棒、剃刀のように刃の鋭いフィレナイフもしのばせている。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,226頁
【原文】

He had a flat 9-mm pistol, a leather sap and his razor-edged filleting knife under his shirt.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 41

まあこれでもいいのだが、おそらく訳者はこれが邦訳上巻338頁で「角材」、邦訳下巻217頁で「ブラックジャック」と訳したものと同じ武器だとは気づいていないだろう(少なくとも読者にはわからない)。


【訳文】

ダラハイドは自分のペンを用意していた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,228頁
【原文】

Dolarhyde had his own pen ready.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 41

過去完了ではなくただの過去形なので、あらかじめ「用意していた」のではなく、ここで初めて「用意した」のである。つまり、ペンを取り出して、キャップを取るとか、ノックしてペン先を出すとかの行為をしたということ。


【訳文】

彼は胸の中で呟いた……

――「あなたをびっくりさせたんじゃないでしょうね」とレバ・マクレーンは言ったっけ……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,236頁
【原文】

He held in voices.

I hope I didn't shock you, said Reba McClane.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 41

「声が出そうになるのを抑えた」のである。邦訳は「呟いた」にしたうえで、次の段落の内容をその「呟き」の内容であるかのように書いているが明らかに間違い。


【訳文】

クロフォードは陪審員席のうしろの列に坐って〈インディアン〉印のピーナツを食べていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,242頁
【原文】

Crawford sat in the back row of the jury box eating Red-skin peanuts


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 42

これは「皮付きピーナッツ」のことだろう(赤褐色の薄皮がついたままのやつ)。


【訳文】

家族映画のフィルムのうす汚れたリールが二本で、それぞれがサンドイッチのビニールの空き袋に入っている。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,242頁
【原文】

two dusty rolls of home-movie film, each in a plastic sandwich bag.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 42

邦訳では、コンビニとかで売っているサンドイッチの包み袋を食後に再利用しているようにしか読めないが、もちろん違う(仮にも証拠品である)。サンドイッチバッグというのは要するにジップロックみたいなビニール袋のこと。


【訳文】

四月十日から月末までの間に銀行がどんなテレフォン・ショッピングの代金を払ってるか調べてみよう。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,251頁
【原文】

Let's see what service calls they paid for between April 10 and the end of the month.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 42

"service call" というのは「訪問修理」のことである。ここでは、地下室から邸内に通じるドアが存在することを犯人がどうやって知ったのかという問題から、犯人が下見時点で邸内に入っているはずだという推理をし、それを確認しようとしているのである。「テレフォン・ショッピング」なわけがない。数頁後まで「テレフォン・ショッピング」が出てくる箇所はすべてこの間違い。


【訳文】

グレアムは縮みあがって歯を食いしばった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,257頁
【原文】

Graham winced and his teeth clicked together.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 43

「縮みあがって」は臆病すぎだろう。「顔をしかめて」くらい。犯人がNYに現れたと聞いて、また殺人事件が起こってしまったのかと身構えたのである。


【訳文】

指紋はきっと採ったろう。しかし照合するものがなけりゃ、指紋を採って何になるってんだ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,265頁
【原文】

They must have a print. Why fingerprint if they didn't have something to match it to.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 44

邦訳はこの二文の関係を「逆接」に読んでいるが間違い。第二文は第一文の判断の理由である。ここでダラハイドは、自分の会社で警察が指紋採取の作業をしているところを目の当たりにし、それを与件として第一文の判断を下している。

つまり第一文は「FBIは〈犯人の指紋〉をすでにもっているはずだ」という判断であり、第二文は「なぜならばその〈犯人の指紋〉と照合するのが目的でなければ、いまここで指紋採取などしても意味がないからだ」という理由付けである。第一文の "a print" と第二文の "something" は同じ対象(=犯人の指紋)を指しており、第二文の "fingerprint" はいま警察が採取しようとしている指紋を指しているのである。


【訳文】

〈ビーダー化学〉の従業員で身分保証が確かで除去できる名前は、調査の能率をあげるため付箋を貼った。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,270頁
【原文】

Names of Baeder employees with security clearances were flagged for faster handling.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 45

邦訳のようにやって能率が上がるわけがない。さて "security clearance" というのは機密情報へのアクセス権のことである。FBIが目をつけている会社は「ゲートウェイ」であり「ビーダー化学」は子会社なので直接の対象ではないのだが、子会社の従業員であっても(親会社の)機密情報にアクセスできる者については優先順位を上の方にしておこうということである。あと "flag" だからといって付箋を貼っているとは限らないので「チェックした」とかの方が無難。


【訳文】

ほかの人たちだったら彼の言うままにゆっくりやるだろうか?……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,282-3頁
【原文】

Did the others fool along with him?


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 46

ただの過去形なのだからちゃんと過去形として訳さないと。 "the others" というのは自分と同じようにダラハイドに殺されかけた人たちのこと。その人たちは実際殺されたのだが、その結果を招いた選択が「言いなりになる」だったのかどうか、という疑問文。


【訳文】

小道をジグザグに、早く歩いたり、小走りになったり、走ったりした。砂利道からそれて草むらを感じると向きを変え、できるかぎり急いだ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,283頁
【原文】

Highway that way, a fast walk and trot and run, fast as she could, veering when she felt grass instead of gravel, zigging down the lane.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 46

邦訳だとわざとジグザグに進んでいるようだが、すぐ後ろに殺人犯がいるのにそんな逃げ方はしない。そうではなく、盲目のリーバは道をまっすぐ進もうとしてもすぐにそれて草むらに足を踏み入れてしまうため、そのたびに方向転換をすることになり、結果としてジグザグになってしまうのである。原文の語順ではそのことが正しく読み取れる。


【訳文】

彼を呼び出そう


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,288頁
【原文】

Let's take him out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 47

FBIが犯人を特定した瞬間の台詞である。どこの世界に犯人を呼び出す警察があるのか。ここは「こいつで決まりだ」とか。


【訳文】

髪の毛があった……毛深い耳……彼女はその毛の下の何かやわらかなもの中に手を突っこんだ。どろどろしたもの……とがった骨の破片……そしてその破片から目玉が垂れさがっている


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,293頁
【原文】

she found hair, a hairy flap, put her hand in something soft below the hair. Only pulp, sharp bone splinters and a loose eye in it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 48

「毛深い耳」って何? ここは盲目のリーバが、ショットガンで吹き飛ばされた死体の頭を手探りしている場面。まず髪の毛に手が触れ、それが頭蓋骨の破片から生えていることに気づき、それから頭蓋骨の中に手を突っ込んで、そこで目玉を触ったのである。死体は倒れているのだから目玉が垂れ下がったりはしないし、仮に垂れ下がっていたとしても、手探りなのだから「垂れ下がっている」のような描写は無理。


【訳文】

エインズワースは地元の消防署長が熊手を手にして焼け跡の灰の中に入っていくのを見ると、びっくりしたような顔をした


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,299頁
【原文】

Aynesworth winced as the local fire marshal reached into the ashes with a rake.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

署長がなぜ現場でそんな作業を。 "fire marshal" は「消防保安官」。 "wince" はあまり内容を忖度せず「しかめる」としておくのが無難。


【訳文】

残りは?

「たくさんは残ってないだろうが、いつだって何かは残る。丹念にふるいにかけて調べないといかんな。見つけるさ。そしたら小さな袋に入れて君に渡してやるよ」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,302頁
【原文】

"How about remains?"

"There may not be a lot, but there's always something. We've got a lot of sifting to do. We'll find him. I'll give him to you in a small sack."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

原文で二回も "him" と言っていることからもわかるように、ここで話題になっている "remains" は(犯人の)「遺体」のことである。


【訳文】

個人的な感情をまじえないで接した方が、うまくいくこともある。が、レバ・マクレーンの場合、彼はそうは思わなかった。

彼は自分の身分と名前を言った。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,302頁
【原文】

Sometimes it was easier for them if you were impersonal. With Reba McClane, he didn't think so.

He told her who he was.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

この "impersonal" は「匿名」ということ。個人名を告げずにただ捜査官として接した方が相手が話しやすい場合もあるが、この場合は違うと踏んだからこそ、グレアムは名乗ったのである。


【訳文】

彼が病室へ戻ってみると、彼女は青ざめてはいたが、顔はきれいに拭いたのでつやつやしていた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,303頁
【原文】

She was pale and her face was scrubbed and shiny when he came back into the room.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

嘔吐したから拭いたのであってそれでつやつやするわけない(火災からの生存者なのである)。接続詞も逆接ではない。拭いた水気が残っていて光っていたということ。


【訳文】

彼女がテレビでドナヒューのニュースを聞いてね、みんなはその話で持ちきりだったよ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,303頁
【原文】

She was looking at Donahue and they broke in with it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳は雰囲気訳で間違い。正しくは、テレビのニュース番組を観ていたら「速報が入った」と言っているのである。


【訳文】

わたし、とっても情なくなるわ、ウィル。ウィリーの父が亡くなったあと、わたしはここへきたんですからね


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,307頁
【原文】

I got so sad, Will. You know I came up here after Willy's father died.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳はここでどういう会話がなされているのか理解していない。この部分、正しくは「私、つらかったの。ねえ、ウィリーの父親が死んだ後、私、ここに来たでしょ」である。ここというのはウィリーの父親の実家である。この後モリーは、その時ウィリーの祖父母と一緒に過ごして心が落ち着いたことを打ち明け、いま再びウィリーの祖父母と一緒にいてやはり心が落ち着いていると告げるのである(が、そのことが邦訳からは読み取れない)。


【訳文】

彼女はいつもの口癖が出る。まるで役人のような口調で“ウィリーの父”と言うのだ。名前で言ったことは一度もない。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,307頁
【原文】

She always said "Willy's father" as though it were an office. She never used his name.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

この "office" は「役職」のこと。「ウィリーの父親」という言葉を例えば「うちの課長が」みたいな感じで使うと言っているのである。邦訳は文法無視の雰囲気訳。


【訳文】

「大した違いはないじゃないか……ぼくは死んじゃいないんだし」

「そういうことじゃないの」

「じゃどんなことだ? ほんとにどんなことがあるっていうんだ?」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,308頁
【原文】

"Small difference: I'm not dead."

"Dont be that way."

"What way? Don't be what way."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳はこの部分全部間違い。まずグレアムは、モリーが前夫が死んだ時のことを引き合いに出すので、「ちょっと事情が違いませんかね、俺は生きてるんだぜ」と、かなり皮肉っぽく指摘している。それに対しモリーは「そんな言い方やめて」と言い、最後にグレアムが「そんな言い方ってどんな言い方だ? なあ、どんな言い方なんだよ」と突っかかるのである。


【訳文】

彼らはくだらないことばかり言うので、聞いてると胸くそがわるくなる……そんなことがまたかと思うと


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,308-9頁
【原文】

They're full of shit and they make me sick — try that one.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳は無根拠な雰囲気訳。正しくは、ダーシの後は「これならどうだい?」。グレアムは妻の前夫の実家に行きたくないのでいろいろ理由をつけていたが、妻がなかなか納得しないし自分は疲れているしで、やけくそになってダーシの前のような言い方をしたのである。


【訳文】

拳銃は比較的いい状態で出てきたからね。弾道はたぶん一致するだろう


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,312頁
【原文】

"The pistol came out better," Aynesworth said. "Ballistics may be able to make a match with it."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 51

ここは「弾道」の話をしているのではない。 "Ballistics" は銃弾と銃器の照合など全般を扱う課の名称であって、ここでは犯行現場で採取された弾丸と、いま見つかったピストルの間で線条痕が一致することをその課で確認してくれるだろうということ。


【訳文】

バッグの一つには十二、三センチほどの炭化した人間の大腿部と、尻のまるくふくらんだ肉塊が……もう一つには腕時計が入っていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,312頁
【原文】

One bag contained five inches of a charred human femur and the ball of a hip. Another contained a wrist-watch.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 51

邦訳は「肉」だと思い込んでいるが、これは「焦げた大腿骨と股関節球」であって「骨」である。


【訳文】

もっといい顔はできないのかね?


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,315頁
【原文】

Nothing sweeter, is there?


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

これ以上 "sweet" なものはないだろ? ということで、「最高だろ?」と言っているのである。


【訳文】

だからしまいに彼は着陸だけを眺めて、こんにちはと心の中で言うようになった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,316頁
【原文】

He learned to watch only the landings and hellos.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

「着陸とハロー」を眺めるのである。


【訳文】

お食事の前にまず家の中に入らなくっちゃ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,318頁
【原文】

What you ought to do is come on in the house before you get eaten up.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

食われる( "get eaten up" )のはグレアムである。つまり、(直前の文で顔にたかる蚊を追い払っていることからもわかるように)「蚊に食われないうちに早く家の中にお入りなさいな」と言っているのである。


【訳文】

タンカレー・マーティニに、ステーキに、あとはご注文しだい


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,318頁
【原文】

Tanqueray martinis, steaks, hugging and stuff.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

「タンカレーマティーニでしょ、ステーキでしょ、ハグでしょ、あれでしょこれでしょ」みたいな感じ。邦訳がなぜこんなふうにしているのか理解不能。


【訳文】

が、そっくり同じにはいかないとわかると、歓迎されないものがその家の中にいるような、何とも言いようのない気持ちがわだかまった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,319頁
【原文】

When they saw that it was not the same, the unspoken knowledge lived with them like unwanted company in the house.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 53

以前と同じようにはいかないことを二人とも悟り、その「以前と同じようにはいかない」という認識について二人とも口にはしない( "the unspoken knowledge" )けれども、しかしまるでその認識が歓迎されざる客のように感じられたと言っているのである。


【訳文】

彼は彼女が部屋を出るとき音をさせた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,328頁
【原文】

He made a noise as she left the room.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

邦訳では意味不明。昏睡状態だったグレアムが目を覚まして音をたてたから、そばで看病していたモリーが気づいて医者を呼びに行ったのである。


【訳文】

みんなが彼をソーッと引っぱったり強く引っぱったりして、彼の頸に何本ものコードがつきでるような処置をした時は、まだ窓は明るかった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,328頁
【原文】

The window was light when they pulled and tugged at him and did things that made the cords in his neck stand out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

邦訳は「コード」というのを医療器具だと思っているようだが間違い(それならチューブと書くだろう)。 "cords in the neck" というのは「首の筋」のこと。リラックスしているときはこれが浮かないが、歯を食いしばったりして首のあたりを緊張させるとこの筋が浮き出る( "stand out" )。つまり、グレアムは激しい痛みを伴う治療をされたのである。


【訳文】

「まあ、ジャック。とってもお元気そうね。彼が顔に移植手術を受けたこと、話しましょうか?

話さない方がいいよ、モリー」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,329-30頁
【原文】

"Hello, Jack," she said. "You're looking really well. Want to give him a face transplant?"

"Don't, Molly."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

邦訳は出鱈目。モリーが「あなたのその元気そうな顔の皮膚をグレアムに移植してあげる?」と皮肉を言い、クローフォードが「そいつは勘弁」とかわしているのである。


【訳文】

ラングの死体は完壁だった。とにかく歯は一本もなかった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,335頁
【原文】

Lang was perfect. He didn't have any teeth anyway.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

ラングは「もともと」総入れ歯だった(邦訳下巻177頁参照)。それが完璧だと言っているのである。邦訳は(「とにかく」などと言っていて)理屈になっていない。


【訳文】

もし彼女が狼狽のあまり気が動転して、壁や何かに突きあたったり動きがとれなくなってたら、彼は彼女を棒でなぐりつけて失神させ、外へ引きずり出してたろうと思う。彼女は自分がどうして外へ出たかなんでわかりっこないからな


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,335頁
【原文】

If she had panicked too much, run into a wall or something or frozen, I guess he'd have sapped her and dragged her outside. She wouldn't have known how she got out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

失神させて引きずり出した場合は、自分がどうやって外に出たかわからなかっただろうがな、と反実仮想的に言っているのである。この直後、そうした問題はありつつも「しかしとにかく彼女が外に出る必要があった」と続くわけだ。