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2014年9月17日水曜日

邦訳『ダ・ヴィンチ・コード』についてのメモ


【訳文】

お詫び申しあげます、ムシュー。しかし、こういうかたの場合……その筋に依頼するわけにもいきませんし……


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,19頁
【原文】

I apologize, monsieur, but a man like this ... I cannot presume the authority to stop him.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 1

ここは誤訳。この "presume the authority to do" は「自分には~する権限があると考える」という意味。邦訳はまるでヤクザに頼むみたいな感じに読めるが、ホテルのコンシェルジュがそんなことを客に言うはずがない。


【訳文】

シトロエンはリヴォリ通りとのT字路を右折し、名高いチュイルリー公園――パリ版セントラル・パーク――の北側の入口にあたる木深い一角を横に見て進んでいく。[中略]何度か曲がって、人気のない公園にはいると、コレはダッシュボードの下に手を伸ばしてけたましいサイレンを消した。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,32頁
【原文】

When they reached the intersection at Rue de Rivoli, the traffic light was red, but the Citroën didn't slow. The agent gunned the sedan across the junction and sped onto a wooded section of Rue Castiglione, which served as the northern entrance to the famed Tuileries Gardens — Paris's own version of Central Park. [...] As they entered the deserted park, the agent reached under the dash and turned off the blaring siren.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

ここは原文と邦訳で全然違うことを書いているので、誤訳なのかなんなのかよくわからない。原文は明らかに、ヴァンドーム広場の方からカスティリヨーヌ通りをテュイルリー公園に向かって真っ直ぐ南下してきた一行が、公園前のリヴォリ通りにぶつかるも赤信号を無視して直進し、そのまま公園内に入ったと書いている。

そもそも目的地のルーヴル美術館はリヴォリ通りにぶつかったところで左折した方向にあるので、邦訳のように右折すると反対方向に向かってしまう。という意味でも邦訳は謎。


追記。少し後の原文も変だ。 "The Citroën swerved left now, angling west down the park's central boulevard." となっていて、南に向かっていて左折したら東に向くはずなのに西に向いたことになっている。


【訳文】

車の右の窓からセーヌ川の南にあたるアナトール・フランス河岸を望むと、荘厳にライトアップされた古い駅舎のファサードが目に留まる――かのオルセー美術館だ。左へ視線を向けると超近代的なポンピドゥー・センターの屋根がかすかに見え、その下には近代美術館がはいっている


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,33頁
【原文】

Out the right-hand window, south across the Seine and Quai Voltaire, Langdon could see the dramatically lit facade of the old train station — now the esteemed Musée d'Orsay. Glancing left, he could make out the top of the ultramodern Pompidou Center, which housed the Museum of Modern Art.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

まず、ケ・ヴォルテールをケ・アナトール・フランスに変えたのは訳者の苦心の跡。このへんは原文が出鱈目を書いているのである。つまり、ラングドンの現在位置(カルーゼル凱旋門)からすぐ右を向いて見えるのは原文にあるケ・ヴォルテールなのだが、そこにオルセー美術館はないのである。オルセーはそこからもっと西の、ラングドンから結構右後ろの方向のケ・アナトール・フランス沿いにある。訳者は通りと美術館のセットを現実に合わせ、「右に見える」という部分をフィクション的な演出とすることにしたわけだ。

他方、近代美術館がポンピドゥー・センターの「下に」入っているというのは間違い。無難に原文通り「中に」とすべきだった。なにしろ6階建てのセンターのうち、近代美術館は4階と5階に入っているからである。


【訳文】

この美術館に展示された数万の作品をすべて鑑賞しようとすれば約五週間かかるそうだ[中略]かつてコラムニストのアート・バックウォルドが、この三大傑作を五分五十六秒で観てまわったと誇らしげに書いていた


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,34頁
【原文】

Despite the estimated five days it would take a visitor to properly appreciate the 65,300 pieces of art in this building. [...] Art Buchwald had once boasted he'd seen all three masterpieces in five minutes and fifty-six seconds.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

この部分は誤訳の話ではなく、原文の記述をどの程度(正しく)改変するかの話。「6万5300点の作品」を「数万の作品」にしたのは時間経過に伴って増減があるだろうという訳者の判断だと思う。また原文の "five days" は明らかに短すぎるので「五週間」に直したのは正解だと思う。

そのうえで、そこまで直すのなら、ついでに「アート・バックウォルドが、この三大傑作を五分五十六秒で観てまわった」という原文の誤りもただしてほしかった。この記録はバックウォルドのコラムで紹介されている逸話であるが、実際に観てまわったのは「ピーター・ストーン」という名の若者なのである(参考:アート・バックウォルド「六分間ルーヴル」『バックウォルド傑作選1 だれがコロンブスを発見したか』文藝春秋,29-32頁)。しかしまあこのへんは判断の難しいところだろうとは思う(特にこの作品は直し始めるときりがないわけで)。


【訳文】

ゲーテは“建築は凍れる音楽である”と語ったというが、ぺイを批判する者はこのピラミッドを“黒板を引っ掻く爪”と評した。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,35頁
【原文】

Goethe had described architecture as frozen music, and Pei's critics described this pyramid as fingernails on a chalkboard.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

ここも誤訳の話ではない。訳文が原文にない伝聞体(「語ったという」)になっているのはおそらく意図的。というのも、これはゲーテの言葉として流通しているものの直接にはゲーテの言葉ではないから。ゲーテは『箴言と省察』で建築とは「凍結した音楽」( "erstarrte Musik" )であるというシェリングの言葉を引いて、これを「音のない音楽」( "verstummte Tonkunst" )と言い換えているのである。訳者の処理は実に巧妙。


【訳文】

「わたしはベズ・ファーシュ」ラングドンが回転ドアを押して進むと、男は言った。「司法警察中央局の警部だ」


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,38頁
【原文】

"I am Bezu Fache," he announced as Langdon pushed through the revolving door. "Captain of the Central Directorate Judicial Police." His tone was fitting — a guttural rumble … like a gathering storm.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 3

訳抜け。「声質も外見にぴったりのがらがら声で、嵐の前の暗雲を思わせた」くらい。


【訳文】

振り返ると、数ヤード後ろの高齢者・障害者用エレベーターの前にいた。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,46頁
【原文】

Turning, Langdon saw Fache standing several yards back at a service elevator.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 4

これは「荷物用エレベーター」。


【訳文】

エレベーターはきわめて安全な機械だと繰り返し自分に言い聞かせるが、本心では納得できない。出口のないシャフトに宙ぶらりんの、ちっぽけな金属の箱じゃないか! 息を凝らしてエレベーターに乗り、扉が閉まるや、例のごとくアドレナリンが噴き出すのがわかった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,47頁
【原文】

The elevator is a perfectly safe machine, Langdon continually told himself, never believing it. It's a tiny metal box hanging in an enclosed shaft! Holding his breath, he stepped into the lift, feeling the familiar tingle of adrenaline as the doors slid shut.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 4

赤字にした部分、邦訳は「言い聞かせ」の続きと解して「じゃないか!」としているが、ここは閉所恐怖症のラングドンにとっては恐怖を喚起する表現ばかりが含まれているため、「納得できない」気持ちを心の声にしたものであり、「じゃないか」はトルべき。


【訳文】

ヴィットリアから最後に便りが来たのは十二月で、これからジャワ海へ向かうと書かれた絵はがきだった。生物物理学の調査をつづけるために、衛星を利用してイトマキエイの回遊を追跡するとかなんとか。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,65頁
【原文】

His last correspondence from Vittoria had been in December — a postcard saying she was headed to the Java Sea to continue her research in entanglement physics ... something about using satellites to track manta ray migrations.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

"entanglement physics" は「量子もつれの物理学」のことで、そのままではエイの回遊と何の関係があるのかわからないため、訳者は「生物物理学」とあてている。ちゃんと考え始めたらそれでもわけはわからないのだが、まあ「生物」だしということで自然に読める訳文になっている。これも訳者の工夫。

他方で、これではダン・ブラウンのトンデモ加減が見えにくくなってしまうのも事実。できたら(トンデモな人が愛好する)「量子」という言葉は残してほしかった。「量子生物学」とか「量子もつれの研究」とかでもよかったのではないか。


【訳文】

両の腕と脚は翼をひろげた載の形に投げ出され、ちょうど子供がよく作るスノー・エンジェル[新雪をくぼませて作る人の形]のようだ……というより、目に見えない力で四方へ引っ張られている人間、のほうが適切な形容だろうか。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,67頁
【原文】

His arms and legs were sprawled outward in a wide spread eagle, like those of a child making a snow angel … or, perhaps more appropriately, like a man being drawn and quartered by some invisible force.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

「スノーエンジェル」そのものは、雪の上に両手両足を広げて寝そべり、その両手両足を付け根を中心にある程度の角度回転運動させることによって、長いスカートを穿き両翼を広げた天使のような跡をつけるものなので(Google画像検索:Snow Angel)、まず訳注が不正確だし、ここで描写されているソニエールの死体の姿勢が「スノーエンジェルのようだ」というのはおかしい。原文は「スノーエンジェルを作っているときの子供の手足」なので「スノーエンジェルをつくろうと雪の上に両手両足を広げた子供のようだ」とかにすべき。

その後で喩え直しているところは、訳文では「四つ裂き」の要素が脱落してニュートラルな表現になっているが、原文がわざわざ喩え直しているのは、スノーエンジェルのようなほのぼのとしたイメージから、もっと恐ろしいイメージへと転換させるためなのだから、ここは「四つ裂き」の要素を落としてはならない。


【訳文】

ソニエールは戦慄の死を迎える間際に、なんとも不可解な行為に及んでいた


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,68頁
【原文】

Saunières left index finger was also bloody, apparently having been dipped into the wound to create the most unsettling aspect of his own macabre deathbed.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

この "deathbed" は「臨終」のような時間的な意味ではなく、語義通りの「死の床」なので、わざわざ邦訳のように意訳する必要はない。 "macabre deathbed" は死体の置かれた陰惨な情景を指しているところ、邦訳は意訳のために「戦慄の死」というよくわからない表現に手を出してしまっている。「戦慄」すべきなのは「死」そのものではなく(だってそれはただの射殺だから)、死体の置かれた状態である。


【訳文】

キリスト生誕以前から、四千年以上も使われてきました。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,68頁
【原文】

Used over four thousand years before Christ.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

邦訳の書き方だと「紀元前2000年以前から」ということになるが、ここの "before Christ" は「紀元前(BC)」の意味なので、「紀元前4000年以前にはすでに使われていた」ということ。


【訳文】

本来、五芒星は異教の象徴でした


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,69頁
【原文】

Primarily, the pentacle is a pagan religious symbol.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

ここは読解も日本語の表現もダメ。「五芒星は異教の象徴である」という日本語を読めば「五芒星が異教を象徴している」という意味にとるのが普通であるが、この直後に続く話から明らかなとおり、ここで言われているのは「五芒星を何かの象徴として使うのはキリスト教ではなく異教においてである」ということである。訳者もそれを表そうとしたはずだが、「異教の象徴」は表現としてまずい。次に読解だがこの "primarily" を「本来」の意味ではない。訳文は過去形だが原文は現在形であることからも、邦訳が無理をしていることがわかる。正しくは、五芒星の意味を問われたラングドンは「まず、五芒星が異教で用いられる象徴だということを押さえておきましょう」と解説の最初に述べたのである。


【訳文】

さらに絞りこんだ解釈をすると、五芒星が象徴するのはヴィーナス――性愛と美の女神です。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,70頁
【原文】

In its most specific interpretation, the pentacle symbolizes Venus — the goddess of female sexual love and beauty.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

訳抜け。「女性の性愛と美の」


【訳文】

五芒星の図形そのものも金星に由来するという事実だ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,70頁
【原文】

Langdon decided not to share the pentacles most astonishing property — the graphic origin of its ties to Venus.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

ここは誤訳。図形そのものが金星に由来するのではなく、五芒星と金星(Venus)が結び付けられた経緯に図形的な要因があったということ。


【訳文】

金星が八年周期で黄道上に五芒星を描く


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,71頁
【原文】

the planet Venus traced a perfect pentacle across the ecliptic sky every four years.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

まず "every four years" が「八年周期」になっているのは邦訳が正しいので問題なし。というかこの原文の誤りは増刷時に修正されているらしい……のだが、Kindle版には反映されていない。なにやってんだKindle!

さて、実のところ原文が意味不明なのだが、邦訳はさらに意味不明である。なによりもまず、黄道は線なので「黄道上に」五芒星は描けない。「黄道を円周とする円の内部に」と言うべきであり、原文の "across the ecliptic sky" はそういう意味なのだろう(まあ、それを "sky" というのかという問題はある)。

後は原文自体の問題なのだが、「金星が描く」というのが実にミスリーディングな表現である。この言い方だと、八年間の金星の軌跡が五芒星の形になるということかと思ってしまうが、そうではない(当たり前だ)。単に地球と金星の合がちょうど八年で五回あり、その時の黄道上の点がちょうど円周=黄道を五分割することになるので、それを結ぶと五芒星になるというだけのことである。 "trace" という動詞はかなり不適切だと思う。


【訳文】

それゆえ金星とその五芒星は完璧さ、美しさ、そして性愛のもたらす循環の象徴となった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,71頁
【原文】

Venus and her pentacle became symbols of perfection, beauty, and the cyclic qualities of sexual love.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 6

「性愛のもたらす循環」というと、セックスで子供ができて……という世代交代的なサイクルを想起するけど、そうなのかなあ。一回セックスしてもまたしたくなるとかそういうことじゃないのかなあ。これは特に自信なし。


【訳文】

ソニエールがどんなたとえを選んだかなど、大きな問題ではないはずだが


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,85頁
【原文】

Saunières choice of vocabulary hardly seems the primary issue here.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 8

ファーシュはソニエールの死体の状況について「何が一番奇妙だと思う?」と訊いている。この質問は教えてくれという意味ではなくクイズであって正解はファーシュの頭の中に用意されている。すなわち、フランス人のソニエールがなぜ英語でダイイングメッセージを書いたのかが謎だ、というのである。ところがこのクイズに対し、ラングドンが見当外れの答えをしたので、ファーシュは上の引用文のように言ったのである。つまり、「それが一番奇妙なわけないだろ(もっと奇妙な点があるだろ)」というニュアンス( "primary issue" というのは単に「大きな問題」ではなく「一番大きな問題」のニュアンス)。そもそも、謎のダイイングメッセージで使われている「たとえ」が「大きな問題ではない」などということはありえない。


【訳文】

当時の最も解剖学的に正しい図と見なされているダ・ヴィンチの〈ウィトルウィウス的人体図〉は、その後現代文化の象徴となり、ポスターからマウスパッド、Tシャツに至るまで、世界じゅうで使われている。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,86頁
【原文】

Considered the most anatomically correct drawing of its day, Da Vincis The Vitruvian Man had become a modern-day icon of culture, appearing on posters, mouse pads, and T-shirts around the world.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 8

ダ・ヴィンチの絵が「現代文化の象徴」なわけがない。さらにいうと「現代において文化一般を表すのに用いられる象徴」という意味ですらない。もっと軽い意味で、「現代では一個の文化アイコンになった」と言っているのである。


【訳文】

意味ありげな目をして紙を渡す。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,99頁
【原文】

She handed him the paper with an intent gaze.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 9

訳者はたぶん "intent gaze" に "intention" を読み込んでしまったのだろうが、ここは「有無を言わさぬ目で」くらい。この箇所は、すぐ後に来る意外な急展開のための、緊張感を伴った嵐の前の静けさ的描写が続くところなので、ここで「意味ありげ」などとネタバレ的な誤訳をしてはいけない。また仕掛ける側のソフィとしても、ここはバレないよう細心の注意を払わなければならない場面なのだから「意味ありげな目」などは絶対にしないと言える。


【訳文】

石が動き、あなたは生まれ変わったのです


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,107頁
【原文】

The stone has been rolled aside, and your are born again.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 10

シラスの幻視の場面。「石が動き」だけでは何のことかわからないが、シラスの脱獄を可能にした地震のくだりから、ここはマタイ福音書28章に描かれたキリストの復活をなぞっている。「石」はイエスの墓に蓋をしていた石で、これが地震で転がって中に入れるようになるがそこには誰もいない、という場面。なので「石は取り除かれ」とかのほうがよい。


【訳文】

あなたとシラスそれぞれの立場、そしてわたしの情熱を守るためです


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,111頁
【原文】

I do this to protect your identity, Silas's identity, and my investment.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 10

もちろん訳者はあえて "investment" を「情熱」としているのだが、ちょっとどうかなあというところ。「金銭的報酬」につながる言葉で、かつ相手が「えっ "investment" ?」と聞き返してしまう程度の曖昧さと場違いさを残した訳語――ということでいうと、普通に「投資」でよかったのではないか。「情熱」だと「そうか熱意があるんだなあ」と聞き流してしまいそう。あとついでに言うと、 "identity" を "protect" するというのは「立場を守る」というよりは「正体がバレない」的な意味だろう。


【訳文】

有名な詩の各単語の順序を並べ替えて、すべての単語に共通する点は何かをあてさせる遊びと似ています


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,115頁
【原文】

Like taking the words of a famous poem and shuffling them at random to see if anyone recognizes what all the words have in common.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 11

「有名な詩から単語を取り出してランダムに並べる」のである。邦訳だと全部並べ替えることになり、それだとクイズとして簡単すぎるだろう。


【訳文】

司法警察はほぼ毎日アメリカ人を逮捕する。麻薬を所持していた交換留学生、未成年者との淫行に及んだビジネスマン、万引きや器物破損に手を染めた旅行者などだ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,116頁
【原文】

Almost daily, DCPJ arrested American exchange students in possession of drugs, U.S. businessmen for soliciting underage prostitutes, American tourists for shoplifting or destruction of property.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 11

フランスの「未成年者」は18歳未満だが「淫行」が犯罪になるのは15歳未満(性的同意年齢が15歳)なので、邦訳はそれだけ読んでも間違っている。加えて原文には "soliciting underage prostitutes" とあり、つまり規定年齢に達しない少女に売春をもちかけたということである(フランスでは18歳以上の売春は合法)。


【訳文】

その目がコレの肩越しにGPSの赤い点に注がれた。車を発進させる音がいまにも聞こえそうだ、とコレは思った


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,134頁
【原文】

The captain eyed the GPS dot over Collet's shoulder, and Collet could almost hear the wheels turning.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 14

邦訳は意味不明。この "wheels" はコレのすぐ後ろにいるファーシュの頭の中にあるのであって、要するに「考えていることがわかる」ということ。


【訳文】

今夜の事件を考えれば、自分は恐れを知らない愚か者だったと言える


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,145頁
【原文】

Considering tonight's events, she would be a fool not to be frightened.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 16

これは非常に初歩的な誤訳(それとも「日本人なら必ず誤訳する英文」?)。正しくは「これで恐怖を感じなければ馬鹿だ」である。


【訳文】

ここはドゥノン翼の西端で、チュイルリー公園の手前を南北に走る道がほぼ接しており、建物の外壁とのあいだにはせまい歩道があるだけだ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,145頁
【原文】

Here at the westernmost tip of the Denon Wing, the north-south thoroughfare of Place du Carrousel ran almost flush with the building with on.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 16

原文は「カルーゼル広場を南北に貫く道」。この記述が「ドノン翼の西端」という記述と合致しないため、邦訳は修正している。


【訳文】

ソフィーは窓から目を離して振り向いた。深みのあるラングドンの声に、心からの哀悼の響きが感じられた。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,146頁
【原文】

Sophie turned from the window, sensing a sincere regret in Langdons deep voice.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 16

邦訳はソニエールの死についての「哀悼」と解しているが、ここは直後の文章からも明らかに、暗号を解読できない自分の情けなさを悔しがっている様子である。


【訳文】

……南へ向かって……速くなって……ロワイヤル橋からセーヌ川を渡っています!

ファーシュは左へ顔を向けた。ロワイヤル橋を走っているのは、ルーヴルから南へ向かう巨大な配送用トラックだけだ。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,156頁
【原文】

"... moving south ... faster ... crossing the Seine on Pont du Carrousel."

Fache turned to his left. The only vehicle on Pont du Carrousel was an enormous twin-bed Trailor delivery truck moving southward away from the Louvre.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 18

原文は「カルーゼル橋」。邦訳はここも「ドノン翼の西端」という記述に合わせて修正している。「ロワイヤル橋」は一つ西隣の橋。ちなみに映画では「カルーゼル橋」だった(つまり「西端」という設定を修正している)。


【訳文】

右折してアナトール・フランス河岸へ出ようとしています!


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,157頁
【原文】

Hes turning right on Pont des Saints-Pères!


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 18

ここも「ドノン翼の西端」に合わせて邦訳が修正している。「ロワイヤル橋」を渡って右折すると確かに「アナトール・フランス河岸」なので問題なし。

むしろここは原文が出鱈目である。まず "Pont des Saints-Pères" は「サンペール橋」だが、「カルーゼル橋」をわたって右折したらまた橋というのは明らかにおかしい(なおサンペール橋はカルーゼル橋の旧名である)。これは "Port des Saints-Pères" (「サンペール河岸」)の誤記である。しかも、ここは川沿いの遊歩道みたいなところで、トラックが入っていける道ではない。正しくは「カルーゼル橋」を渡って右折したら「ヴォルテール通り」に入ることになる。


【訳文】

ミスター・ソニエールは五芒星の話をするとき、女神崇拝やカトリック教会の猛攻撃について話したかい


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,169頁
【原文】

when he told you about the pentacle, did he mention goddess worship or any resentment of the Catholic Church?


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 20

ここも初歩的な誤訳(日本人なら必ず誤訳する英文)。具体的な対象への言及があり、その後で "or any" と続いて一般的な言い方がなされている場合は、前者は後者の例示になっていると考えるのが吉。ここは「女神崇拝とか、何か反カトリック教会的なことを言ってなかったか?」ということ(もちろん女神崇拝は反カトリック的である)。なお加えて言えば、この誤訳の直接の原因は "resentment of A" が「Aに対する反対」という用法であることを訳者が知らず、「Aが resent した」という意味にとってしまったこと。


【訳文】

私立探偵[PI]と混同しないでくださいよ」ステットナーはにやりと笑って付け足した。「ぼくら数学をやっている者はよくこう言うんです。黄金比[PHI]はHがあるおかげで、PIよりずっと切れ者だってね


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,171頁
【原文】

"Not to be confused with PI," Stettner added, grinning. "As we mathematicians like to say: PHI is one H of a lot cooler than PI!


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 20

ここは訳者がジョークをまったく理解していないために壊滅的なことになっている。「私立探偵」では数学ジョークにならないのであって、もちろんここは「φ」と「π」の話をしているのである。ジョーク部分は直訳すると「φ[PHI]はHがあるぶんπ(PI)よりもはるかに冷たい」だが、いろいろ解説しないと何がジョークなのかわからないので、うまく日本語に訳すのは至難の業(なのでここではやらない)。しかしともかく「ファイはパイより冷たい」がジョークになるのは、もちろん焼きたての「パイ」は熱いからである。

「Hがあるぶん」の部分はちょっと難しいのだが、原文の "one H of a lot" は "one HELL of a lot" という強調表現(「すごく」の意の慣用句)の省略形であり、そこに「Hがあるぶん」という意味をかぶせているのである。


【訳文】

黄金比の持つ神秘的な特性については、はるか昔に記されている。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,171頁
【原文】

The mysterious magic inherent in the Divine Proportion was written at the beginning of time.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 20

邦訳は人間が気づいて文書に残したという意味で訳しているが間違い。 "the beginning of the time" は世界の始まりの瞬間のことなので、ここは「天地開闢とともにこの世にもたらされた」みたいな意味。


【訳文】

ある日、祖父は“planets”という英単語を書き、これらの七文字を使ってなんと九十二種類ものことばの組み合わせをほかに作れると告げた。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,182頁
【原文】

Once he had written the English word planets and told Sophie that an astonishing sixty-two other English words of varying lengths could be formed using those same letters.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 21

ここは正確には「これらの七文字のうち一文字以上を用いて」ということ。文脈上アナグラム(並べ替え)の話かと思ってしまうので、七文字未満でもいいということを明示してほしいところ。なお私が原文参照しているKindle版は "sixty-two" となっているが、紙版は増刷時に "ninety-two" と直している。Kindleなんなんだよおまえ……。


【訳文】

真鍮の標線はその事実を記念したものであり、一八八四年にグリニッジにその名誉を奪われたものの、元来のローズ・ラインとしていまも残っている。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,196頁
【原文】

The brass marker in Saint-Sulpice was a memorial to the world's first prime meridian, and although Greenwich had stripped Paris of the honor in 1888, the original Rose Line was still visible today.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 22

ここは原文が誤りで訳文の1884年が正解。まあこのへんの「ローズ・ライン」関連の記述自体が嘘なんだけども。


【訳文】

とはいえ、入室する前から、ソフィーは必要なものが欠けていることに気づいていた


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,199頁
【原文】

Even before Sophie entered, though, she knew she was missing something.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 22

この訳文だと、ソフィは必要なものが欠けていることに気づいていながら入室したこという不可解なことになってしまう。ここは「ふつうは部屋に入ってから気づくところだが、ソフィは部屋に入る前に気づいた」というニュアンスの英文であって部屋には入っていない。


【訳文】

ソフィーは深く息を吸いこみ、明るく照らされた事件現場へ足早に向かった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,199頁
【原文】

Taking a deep breath, Sophie hurried down to the well-lit crime scene.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 22

この訳文だと、吸い込んだ息を肺に溜めたまま現場へ向かったことになる。水に潜るんじゃないんだから、吸い込んだら吐かないと。ここは「一つ深呼吸をしてから」が正解。祖父の死体が転がっている現場に行くのに、チョットした決心が必要だったというニュアンス。


【訳文】

ペニスの生えた女ならいいってことだな。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,221頁
【原文】

You mean like chicks with dicks.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 26

ここは刑務所の囚人が粗野な言葉遣いをしているところなのだから、せめて「チンポの生えた女」だろう。


【訳文】

両性具有”ということばの語源や、ヘルメスやアフロディテとの関連について説明しようかとラングドンは考えたが、ここにいる聞き手には伝わらない気がした。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,221頁
【原文】

Langdon considered offering an etymological sidebar about the word hermaphrodite and its ties to Hermes and Aphrodite, but something told him it would be lost on this crowd.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 26

「両性具有」に語源もくそもないのであって、せめてルビで「ヘルマフロディテ」とか振ってくれないと意味がわからない。


【訳文】

「そちらの警報装置は作動したか」

「いいえ」

つまり、グランド・ギャラリーから出た者はいないわけだな


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,225頁
【原文】

"Have any fire alarms gone off there?"

"No, sir."

"And no one has come out under the Grand Gallery gate."


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 27

邦訳はここでファーシュが何を確認しているかを理解していない。「つまり」じゃないんだここは。実際には、1行目と3行目は別のことを尋ねているのである。3行目はちゃんと原文通り「グランド・ギャラリーのゲートをくぐって出てきた者はいないんだな」としなければならない。

ゲートというのはソニエールが警報を作動させて下ろした、侵入者を館内に閉じ込めるためのゲートである。警察がそれを少しだけ上げて、ラングドンたちはそこから腹這いでグランドギャラリーに入ったのだった。つまり、そこが再度警報装置を作動させることなくグランドギャラリーから出るための唯一の経路なのである。ファーシュは、「警報は鳴っていない」および「ゲートから出た者もいない」という二点から、「したがってラングドンはまだグランドギャラリーにいる」という結論を導こうとしているのである。


【訳文】

今日では、急進的な思想が“左翼”、筋の通らない考えが“左脳”と称され、“sinister”は“不吉”を意味するようになった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,231頁
【原文】

To this day, radical thought was considered left wing, irrational thought was left brain, and anything evil, sinister.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 28

邦訳は原文の通りなのだが内容が明らかに間違っている。「左脳」は合理的な思考であって、不合理な思考は「右脳」だろう常識的に考えて。と思ったらこの箇所、原書の後の版では「左脳」のくだりがまるごと削除されていた。


【訳文】

背中の真新しい傷に木綿の繊維が貼りついていたため、脱ぐときに痛みが走った。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,234頁
【原文】

As he removed it, he felt a sting as the wool fibers stuck to the fresh wounds on his back.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

原文は「ウール(羊毛)の繊維」。わざと変えているのだろうけど意図が不明。


【訳文】

くぐもっていたものの、こんどは乾いた響きも混じっている


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,235頁
【原文】

Again a dull thud, but this time accompanied by a crack.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

音はくぐもっていたが、今度はタイルにひび割れが入った、ということ。


【訳文】

十一節の内容まで正確に覚えているわけではないが、ヨブ記は神を信じる男が度重なる試練を乗り越える話だったと記憶しているさもありなんとの思いに、シラスは興奮を抑えきれなかった。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,236頁
【原文】

Although Silas did not recall the exact contents of verse eleven by heart, he knew the Book of Job told the story of a man whose faith in God survived repeated tests. Appropriate, he thought, barely able to contain his excitement


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

「記憶している」というのはその主題についてよく知らない人が使う言葉。ヨブ記がそういう話であることをシラスが知らないわけはないので、ここは「乗り越える話だ」で文を切るべき。

また「さもありなん」は意味がわからない。これは明らかに自分の苦労を重ねあわせた感慨なのだから、「ぴったりだ」とか「おあつらえ向きだ」とか。


【訳文】

PTSだとしたらあの光は紫外線だろうが、こんなところで証拠探しをしているのはなぜだろう。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,240頁
【原文】

He now recognized the purple light as ultraviolet, consistent with a PTS team, and yet he could not understand why DCPJ would be looking for evidence in here.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

「PTSなら紫外線だろう」と推測しているのではなく、「PTSだ」という情報とは独立に「どうやらあの紫の光は紫外線のようだ」と判断し、その判断と「PTSだ」という情報が無理なく接合すると言っているのである。


【訳文】

高さ六フィート余りの油彩画が女のほぼ全身を隠している。


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,245頁
【原文】

At five feet tall, the canvas almost entirely hid her body.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 29

この絵『岩窟の聖母』は高さ199cmで約6.5フィートだそうなので訳文のほうが正しい。しかし額縁も一緒のはずだから、もっと高いのではないかとは思う。


【訳文】

四分の一マイルほど西へ向かって加速したあと、ゆるやかなロータリーを左へ曲がった。まもなくシャンゼリゼの大通りが見えるはずだ


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,252頁
【原文】

Accelerating west for a quarter of a mile, Sophie banked to the right around a wide rotary. Soon they were shooting out the other side onto the wide avenue of Champs-Elysées.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 32

「ロータリーを左へ曲がる」というのがどういうことかよくわからない。このロータリーはコンコルド広場のことで、リヴォリ通りから西進し、少し左にハンドルを切って広場に入り、そこで右に急ハンドルを切ってロータリーを左回りに進み、西側の出口で右折してシャンゼリゼ通りに入ったのだろう。いずれにせよ、この時点でシャンゼリゼ通りには入っている。

ちなみに、ラングドンとソフィが目指している米国大使館は実際にはこのコンコルド広場のすぐ隣にあるので、リヴォリ通りを西進してきたら広場のところに車を停めてちょっと走ればもう到着なのである。本作で二人はシャンゼリゼ通りを西進していくのだが、実は大使館はとっくに通りすぎているのである。


【訳文】

もうじきだわ。ソフィーはスマートカーのハンドルを右に切り、豪華なホテル・ド・クリヨンの前をかすめて、並木道のかたわらに外交施設が並ぶ一帯へはいった。まもなく大使館だ


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,255頁
【原文】

We're going to make it, Sophie thought as she swung the SmartCar's wheel to the right, cutting sharply past the luxurious Hôtel de Crillon into Paris's tree-lined diplomatic neighborhood. The embassy was less than a mile away now.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 32

訳文に問題はない。上で指摘したように、原文の地理感覚が出鱈目なのである。米国大使館は「オテル・ド・クリヨン」のすぐ向かいにあるので、「あと1マイル弱」というのは明らかに嘘(その点邦訳が「まもなく」というのは改善ではある)。で、そもそもこの曲がり角に到達するにはコンコルド広場のロータリーに入ってはいけなかったのである。しかもその道は自動車進入不可である。以下、邦訳と原文が合致している限りいちいち指摘しないが、原文におけるパリの地理はまったく出鱈目である。


【訳文】

歯がタンブラーをまわす仕組みではなく、レーザーであけられた小さな穴の複雑な組み合わせを、電子センサーが読みとる。六角形の穴が正しい間隔で正しい形に配置されていると認められば、錠が開く


越前敏弥(訳),『ダ・ヴィンチ・コード 上』,角川文庫,256頁
【原文】

Rather than teeth that moved tumblers, this keys complex series of laser-burned pockmarks was examined by an electric eye. If the eye determined that the hexagonal pockmarks were correctly spaced, arranged, and rotated, then the lock would open.


Dan Brown, The Da Vinci Code, Doubleday, ch. 32

原文は「電子(electronic)」ではなく「電気(electric)」。邦訳の方が正しい可能性はあるが一応原文と違うということで挙げておく。

解錠方法のところは、「回転」の部分(つまり鍵を回す部分)が訳抜け。

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