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2014年9月3日水曜日

邦訳『レッドドラゴン』(下巻)の誤訳箇所メモ



以下、読んでいてメモする気になったところだけ。網羅的ではありません。



【訳文】

わたしの話はまた聞きだがね。きょう日この辺じゃ、われわれ捜査関係のものは評判がよくなくて


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,6頁
【原文】

My stuff is secondhand. We're not popular around here today.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

FBI特別捜査官の台詞。邦訳は「捜査関係のもの」が一般市民に評判が悪いという構図だが間違い。FBIが地元警察に評判が悪いのである。


【訳文】

焼けただれて腫れあがった咽喉を開いているプラスティックのチューブは、彼の呼吸に合わせて早いリズムでヒーヒー音を立てた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,9頁
【原文】

The plastic airway holding open his scorched and swollen throat hissed in time with the respirator.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

「人工呼吸器」に合わせて「シューシュー(シュコーシュコー)」と音を立てたのである。


【訳文】

救急治療室で胸に皮下注射をしたとき、ちょっと意識が戻りましてね。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,9頁
【原文】

he came around for a minute in the emergency room when they gave him a shot in the chest.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

半死半生の状態で「皮下注射」なわけがない。おそらく強心剤を直接心臓に注射したのだろう。


【訳文】

……三号室に入れろ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,10頁
【原文】

... put him in there.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 22

"in there" を "in three" に見間違えたんですね。


【訳文】

われわれは君たちのために電話の逆探知もしたが、そのあげくがこのクソいまいましい記者殺しの事件ときた。それでいて君たちには彼に対する責任がない


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,14頁
【原文】

We run down a phone trace for you and collar a fucking news reporter. Then you've got no charges against him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 23

邦訳は完全に出鱈目。 "collar" は「逮捕する」。 "charge against" は「告訴」。シカゴ市警が逆探知してラウンズを逮捕したのにFBIが告訴しなかったことをなじっているのである。


【訳文】

〈タトラー社〉の警備員はほとんど何も見てない。ああいうやつなら、ろくろく見てなくてもレスリングのレフェリーだってつとまるさ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,16頁
【原文】

The guard at the Tattler saw zip. He could referee wrestling he sees so little.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 23

邦訳は文意が理解できなかったのであろう。雰囲気訳で意味不明。まず、この「レスリング」はプロレスであり、プロレスの審判は反則を見逃すのが仕事である(笑)。それを踏まえたうえで、「あれだけ見てなけりゃプロレスの審判だって務まるさ」と皮肉を言っているのである。


【訳文】

彼を常時監視させなかったのはまずすぎるよ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,18頁
【原文】

Too bad you didn't stake him out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 23

原文は邦訳のような攻撃的な調子ではない。「~のは失敗だったな」くらい。同情する感じ。


【訳文】

もうこれから一生このいやなピストルは手にしないわ、ウィル。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,34頁
【原文】

I'm not carrying this damned pistol the rest of my life, Will.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 24

邦訳は「ここでピストルを捨ててもう二度と持たない」と言っているが、原文は「今後死ぬまでピストルを持ち続けるのは嫌だ」と言っている。


【訳文】

オークランドへ行って成人映画を見てるのもわるくないかもしれんな。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,34頁
【原文】

Maybe you can get down to Oakland and watch the A's.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 24

オークランドと成人映画になんの関係が! この "the A's" は "Athletics" すなわち「オークランド・アスレティックス」の略称である。これはグレアムがモリーに向けた台詞だが、モリーは野球好きなのである。


【訳文】

グレアムはなんだか涙が出そうになった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,34頁
【原文】

Graham felt something tearing.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 24

この "tearing" は「引き裂く」の方。胸が引き裂かれるような思いがしたのである。


【訳文】

食事が滞らないように給仕を適切に指示したり、会話をうまくはこばせるために、話しべたな人たちには気軽に話題を持っていったり、話し上手な人の話がいちばんおもしろいところになって、ほかの年寄りたちの注意をそれに向けさせたりするのは、かなり熟練を要することだが、今では祖母の手腕は情ないほど衰えていた

祖母も若い頃は上手にこなしたのだろうが、いまはこの食卓で努力しても、最初のうちだけ、ほそぼそながら会話が続けられる二、三の老人たちの食事を楽しくする程度だった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,60-1頁
【原文】

Keeping a luncheon table going, pacing the service, managing conversation, batting easy conversational lobs to the strong points of the shy ones, turning the best facets of the bright ones in the light of the other guests attention is a considerable skill and one now sadly in decline.

Grandmother had been good at it in her time. Her efforts at this table did brighten meals initially for the two or three among the residents who were capable of linear conversation.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 27

邦訳はこの二段落の意味を完全に誤解している。ここは祖母が衰えたと言っているのではなく、祖母が昔とった杵柄を老人ホーム経営に活用し始めたと言っているのである。

まず、一つ目の段落は全体が現在形で書かれており、作者が物語の進行からいったん離れて一般論を語っているところである。古き良き客あしらいのスキルが最近衰えてきていけませんなあという一般論としての慨嘆である。

二つ目の段落は、その語りの現在において衰えつつある作法が祖母の中ではまだ生きていて、祖母はそれを実際にうまく活用したと言っているのである。もちろん相手が老人ホームの入居者であるがゆえの限界はあり、また「はじめのうちは(initially)」という断り書きが後に何か起こるのだろうという不穏な雰囲気を漂わせてはいるが、それでもこの段落の基調はポジティヴなものである。


【訳文】

食べものをこぼしたり、眠りこんだり、自分がなぜ食卓にいるのか忘れてしまっている者たちがいれば、ベルと舌足らずの言葉と身ぶりで処理された。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,61頁
【原文】

A ring of the bell and a gesture in mid-sentence took care of those who had spilled or gone to sleep or forgotten why they were at the table.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 27

「舌足らずの言葉」というのが原文にない。 "gesture in mid-sentence" というのは会話を中断せずに手振りの合図で処理させるということ。


【訳文】

フランシスはあとあとを楽しみにすることができたので、食事の間じゅうそうした話を我慢して聞いていることができた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,64頁
【原文】

Francis could make it through dinner because there was something he looked forward to afterward.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 27

邦訳では「あとあと」というのが意味不明だし、直前の文にある「将来自分で治療費を払えるようになって手術をうけること」なのかと思ってしまう。ここは祖母の退屈な話に耐えられたのは「夕食後に楽しみなことがあったからだ」ということ。楽しみの内容は直後に書かれている「馬車に乗ること」である。


【訳文】

こわれた子豚の貯金箱に立てかけた、シャツの当て紙用のボール紙に、小さな字で〈あたらしい家〉ときちんと書いてある。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,84頁
【原文】

The title, The New House, is spelled out in pennies on a shirt cardboard above a broken piggy bank.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 28

「ペニー」つまり1セント硬貨を並べて字にしているのである(だからぶたの貯金箱が壊れているのだ)。またこれはフィルムのタイトルなのだが、邦訳ではそのことがわからない。なお邦訳下巻165頁にも同じ誤訳がある。


【訳文】

ダラハイドはそのフィルムを手のひらにのせると、それが逃げようともがいている小さな生きものか何かのように、もう一方の手で蓋をする。まるでクリケットのように、ボールがはねて彼の手のひらにおさまったような感じだ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,86頁
【原文】

Dolarhyde holds the film in his palm and covers it with his other hand as though it were a small living thing that might struggle to escape. It seems to jump against his palm like a cricket.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 28

邦訳は「クリケットのように」がわからないばかりに、想像力を存分に発揮した珍訳にしてしまった。しかしこの "cricket" は野球に似たゲームのことではなく「コオロギ」である(想像力を発揮する前に辞書を引こう)。両手で捕まえたコオロギが逃げようと手の中でジャンプする感触のことを言っているのである。


【訳文】

彼らはZプラスティーを彼の鼻に注入し


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,89頁
【原文】

They performed a Z-plasty on his nose,


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 28

わからないからといって得体のしれないものを勝手に注入するのは良くない。 "Z-plasty" は「Z形成術」なので「鼻に施した」くらい。 "performed" とか "on his nose" で「注入」でないことはわかりそうなものだが。


【訳文】

わたしが盲目だってことをはじめから知ってたのかもしれないけど。でもその方がいわ……彼がなんとも思わなかったとしたら……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,103頁
【原文】

Maybe he already knew she was blind. Better yet, maybe he didnt give a damn.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 29

これは、二つ可能性を考えて後者のほうがいいと言っているのである。つまりリーバが全盲であることを知ってもダラハイドに動じた素振りがなかったのは、「最初から知っていた」か、「そういうことを気にしない人である」かのいずれかだが、後者だったらいいのにな、と言っているのである。邦訳はこの二つの可能性の区別がついていなくて意味不明。


【訳文】

記録係の身分証明書を持った警察のカメラマンたちも会葬者たちを写していた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,104頁
【原文】

Police photographers with press credentials photographed the crowd.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

「記録係」って何? ここは警察の撮影係が身分を隠し、マスコミの振りをして会葬者を撮影しているのだから、彼らは「PRESS」と書かれた「取材証」を身につけているのである。


【訳文】

会葬者の群れは低い音を立てながらふわふわした芝草を踏んで墓地の門の方へ動いて行った。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,105頁
【原文】

The crowd made little noise moving over the spongy grass to the cemetery gates.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

「低い音」って何の音? もちろんここは、がやがやせずに「静かに」帰っていったということを言っているのである。


【訳文】

ところでね、グレアム、お酒が飲みたけりゃ、わたし、一本だけだけどあるわよ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,108頁
【原文】

Well look, Graham, if you ever, you know, feel like a drink, I've got one.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

邦訳は意味不明。何が「一本だけ」あるの? ここはトップレスバーを経営しているウェンディが、「お酒飲みたくなったらうちに来てね」と言っているのである。これが直後の「でも表じゃ素面でいてちょうだい」と対応する。


【訳文】

もう一人の警官は警察車に乗ってそのあとに続いた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,108頁
【原文】

A second policeman followed in an unmarked car.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

邦訳だとパトカーのこととしか読めないが "unmarked" なので普通車(覆面パトカー)である。


【訳文】

葬式はわれわれにセックスの欲望を起こさせることがよくある……それは死にとってはいやなものだ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,108頁
【原文】

funerals often make us want sex — it's one in the eye for death.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 30

邦訳は意味不明。 "be one in the eye for ..." は「……にとっては目に一撃食らうようなもの」というのが原義で、目に一撃食らうとすごく痛いので「痛恨の一撃」みたいな意味になる。ここでは、「葬儀に出るとセックスがしたくなることがある」という経験的な観察に対し、その理由として、「死」に対抗するにはセックスが最大の武器になるからと述べているのである。もちろん、死は生命を奪うがセックスは生命を生み出す、という対比が前提にある。


【訳文】

普通の車とはちがった震動と反響に取りかこまれて、彼女がバケットシートのふちにつかまって乗りこむと、彼は彼女に安全ベルトをかけた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,115頁
【原文】

Surrounded by resonances and echoes unlike those of a car, she held to the edges of the bucket seat until Dolarhyde fastened her safety belt.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

これは乗り込む場面の描写ではなく、乗り込んだ後で、バケットシートの両端を両手で持っているところに、ダラハイドがシートベルトをしてくれた、という場面。乗り慣れない車に乗った全盲の女性の不安感が示されている。他方、シートの両端(複数形の "edges" )なのだから、邦訳のようにそれを持って乗り込んだりはできない。


【訳文】

結果的には〈ビーダー〉に入ってよかったわけだね」

「ほかの人たちもね。〈ビーダー〉は何一つ期待を裏切るようなことはしないもの」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,119頁
【原文】

"You worked out well for Baeder."

"The others did too. Baeder's not giving anything away."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

この直前でリーバが語っているように、ビーダー社は国防総省との契約を成立させるために、女性や非白人や障害者などの雇用を増やす必要があった。リーバは女性でかつ障害者なので、その点で「ビーダー社にとって都合が良かった」のであるが、会社はそのことを「明言したわけではない(「都合が良かった」というのは自分の推測である)」というのがこの会話の内容である。邦訳は "work out well for ..." とか "give away" といった表現を知らないため、適当に雰囲気訳にして失敗した模様。


【訳文】

だってわたしたち、目の見える人たちの世界で生活する訓練をしてるけど、実際にはそんな生活はしてないんですもの。さんざん話し合いました


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,120頁
【原文】

I mean, we were training people to live in the sighted world and we didn't live in it ourselves. We talked to each other too much.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

「訓練をしてる」のではなく「訓練させている」のであり、そのトレーナーの側が健常者の中で暮らしておらず、「視覚障害者同士でしか話をすることもない」ということである。邦訳の「さんざん~」だと一文目の内容を問題視してみんなで話し合ったかのように読めるがそうではない。あくまでここは施設の閉鎖性を説明する部分。


【訳文】

〈ミセス・ポール〉のカニ・ボールがすこしあるんですよ。とってもいいものなの


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,120頁
【原文】

I've got some Mrs. Paul's crab-ball miniatures in here. They're pretty good.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"Mrs. Paul's" というのは冷凍食品のブランドなので、それを「とってもいいもの」はないだろう。「すごくおいしいの」くらい。


【訳文】

わたしはあなたが話さずにいられないことに興味があるんですもの。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,121頁
【原文】

I'm interested in what you have to say.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"what you have to say" の "have to" を "must" の意味に読むのは初心者がよくやる間違い。これは、「あなたが持っているところの話すこと(話の内容)」という意味。訳文としては「あなたのことに興味があるの」でOK。


【訳文】

外出用の歯でだってスティック・パンぐらいわけなく噛み切れるんだからな


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,122頁
【原文】

Even in street teeth he could do it as easily as biting off breadsticks.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

スティックパンが噛み切れるのは当たり前。スティックパンを噛み切るのと同じくらい簡単に指も噛みちぎれると言っているのである。


【訳文】

ガリガリ、ガリガリ……親指は残しておこう。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,122頁
【原文】

Crunch, crunch, crunch, crunch, maybe leave the thumb.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"crunch" という音が4回していることに意味がある(つまり親指以外の4本の指を噛みちぎったということ)のだから、訳にも反映させないと。あと「ガリガリ」じゃなくてもっと勢い良く「バキッ」とか「ブチッ」とかにしてくれないと。


【訳文】

彼女は手を太腿にのせ、半ば閉じ、視線を避けるかのように指さきでスカートの上をなぞった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,123頁
【原文】

Her hand settled to her thigh and half-closed, fingers trailing on the cloth like an averted glance.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

相手の「視線を避ける」のではなく、自分の「視線をそむける」のである。しかしリーバは盲目なのでそれを指で表現したわけだ。


【訳文】

ラルフ・マンディは彼女を食事に連れて行くので迎えにくるはずだった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

Ralph Mandy was coming to take her to dinner.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

邦訳は日本語になっていないがそれはともかく。ここは別にいまから来るということではなくて、このところよく一緒に食事に行くというニュアンス。


【訳文】

彼は人生に傷つくことをひどく恐れていたので、人を愛することができなかった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

He had a particularly cowardly mew about being so scarred by life that he was incapable of love.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

「昔いろいろあってさ、俺、人を愛することができないんだ」みたいなことをめそめそ言う、ということ。


【訳文】

ラルフは楽しんでいたが、彼女は彼を自分のものにしたいとは思ってもいなかった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

Ralph was amusing, but she didnt want to own him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

"amuse" は「楽しませる」という動詞だからラルフが楽しんでいるのではない(この訳者にかかると "Ralph was surprising." が「ラルフは驚いた」になってしまいそうだ)。「ラルフは楽しい人ではあるが」ということ。


【訳文】

自分にたいして帽子をとって敬意を払うとか、気がすむまでゆっくり一緒にいてくれるだけの勇気があり、自分を同等に扱ってくれるような人


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,126頁
【原文】

someone with the courage to get his hat or stay as he damn pleased, and who gave her credit for the same.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 31

「帽子をとって敬意を払う」は "get his hat" がわからず雰囲気訳にして間違えている箇所。この "get" は「かぶっている帽子をとる」のではなく「脱いで置いてある帽子をつかむ」のであり、要するに「帰る」という意味。つまり、自分に対して変に気を使わず、帰りたくなったら帰るし、帰りたくなかったら帰らないという選択がきっぱりできる人で、かつ同じ選択を自分に対しても認めてくれる人、ということ。


【訳文】

グレアムは行くさきざきで刑事とカメラと大勢の制服警官たちを見たし、絶え間なくがなり立てるラジオのニュースを耳にした。彼は静かにしていなければならなかった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,129頁
【原文】

Everywhere Graham went he found detectives, cameras, a rush of uniformed men, and the incessant crackle of radios. He needed to be still.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

まずこの "radios" はラジオのニュースではなくて警察の無線機だろう。第二文は、邦訳だとまわりがうるさいからグレアム自身は静かにしていないといけないように読めるが、そうではなくて、考えるために「静かな環境が必要だった」ということだろう。


【訳文】

「わかった。もっと話してくれ」グレアムの顔が緊張した


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,130頁
【原文】

"Good. More for me." Graham's face was drawn.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

一文目は、直前で「オレンジジュース飲むかい?」と聞いたら「むしろ有刺鉄線が飲みたいね」と言われたので「そうかい。じゃあ俺が飲む」と答えているのである。二文目はここで「緊張した」のではなくて、それ以前から「やつれていた」のである。


【訳文】

いいかね、ラウンズはまったく鼻もちならないやつだった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,137頁
【原文】

Listen, Lounds was a straight snuff.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

邦訳はわからないから適当にそれっぽい訳文にしているだけ。私も "straight snuff" の意味合いが完全にわかるわけではないが、後に続く文章から考えて、ここは「ラウンズの事件は他の事件と比較して構造がごく単純だ(したがってグレアムが特に考えるべきことはない)」という意味でなければならない。


【訳文】

ラウンズについちゃしっかりした証拠がほとんどないが、警察がそれを握ってる。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,137頁
【原文】

There's a little hard evidence with Lounds, and the police are handling it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

邦訳は意味が正反対。ラウンズの事件では確かな物証( "hard evidence" )があって(車椅子とか)、それをちゃんと警察で握っているからグレアムの出番はない、と言っているのである。 "a little" が肯定的表現というのは中学生でも知っていることなのに……。


【訳文】

犯人をつかまえることができさえすれば、その点もはっきりするだろうがね」。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,138頁
【原文】

If we ever get him, that's how we'll do it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

邦訳は出鱈目。グレアムは「犯人を捕まえるにはそれ[=犯人と被害者の関係を解明する]しかない」と言っているのである。後半の "that" が「犯人と被害者の関係を解明すること」で、最後の "it" が「犯人を捕まえること」を指す。


【訳文】

その部屋の空気に絶望が垂れこめていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,139頁
【原文】

The room smelled of desperation.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 32

グレアムは必死になって資料にあたっているのであって「絶望」などしていない。原文が言っているのは「やけくそで必死な様子」。


【訳文】

ニュースキャスターたちは、今度はおれのことを〈竜〉と呼んでる……これまでおれの行為は“警察が名づけた〈噛みつき魔〉殺人”だったのに


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,141頁
【原文】

The news readers were calling him the Dragon now. His acts were "what the police had termed the 'Tooth Fairy murders'".


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 33

例によって邦訳は時制が読めていない。ダラハイドの行為は――マスコミ報道の水準で――ここで初めて「かつて警察が『トゥースフェアリー殺人事件』と呼んでいたもの」になったのであって、「これまで」そうであったわけではない。引用符は、その内部の文言がマスコミによる表現の引用であることを示している。


【訳文】

自分たちのへまを棚に上げようってのが本音さ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,144頁
【原文】

Covering their ass is what theyre doing.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 34

邦訳の言い方ではすでにへまをしたことになるが、ここは「見込み違いだったときにFBIのせいにする」という意味なので、「予防線を張っておきたい」くらい。


【訳文】

「動物園じゃないの」と彼女は言った。「こわいわ」

――ピクニックの方がよかったのに……なんてことでしょう……でも仕方がないわ……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,147頁
【原文】

"The zoo," she said. "Terrific." She would have preferred a picnic. What the hell, this was okay.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

この "terrific" は「こわい」ではなく「すごい」。邦訳はピクニックに行きたい気持ちを強調しすぎ。「『動物園ね』と彼女は言った。『すごーい』本当はピクニックの方がよかったが、まあいい。動物園も悪くない」くらい。


【訳文】

彼がこの家に自分からすすんで客を入れたのは、彼女がはじめてで、


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,159頁
【原文】

She was the first voluntary company he ever had in the house,


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

「自分からすすんで家に入ったのは」の間違い。作中でもダラハイドは自分の意志でラウンズを家に連れ込んで殺してるわけで。


【訳文】

蓋を取って匂いをかいでみると口内洗浄剤だったのでシューッと口内に吹きつけた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,163頁
【原文】

She took off the cap, smelled to verify mouthwash, and swished some around.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は口臭スプレーと勘違いしているが、マウスウォッシュだからお口くちゅくちゅモンダミンみたいなやつのことである。 "swish around" というのはまさに口に含んでくちゅくちゅやることを意味する表現。


【訳文】

この女に古くさい型のドレスを着せたらおもしろいだろうな……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,166頁
【原文】

Fun with old clothes.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は勝手にこれをダラハイドの心の声と解しているが見当違い。これは観ているフィルムが、子供たちが祖母のドレスを着て遊ぶシーンに来たということを記述しているのである。邦訳だと下巻85頁の記述の再現。


【訳文】

それから盲人用水晶時計の蓋をパチンとあけ、指で時間をさぐった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,174頁
【原文】

Reba flipped up her watch crystal and felt the time.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

"watch crystal" というのは腕時計の盤面を覆っているガラスのこと。これを開けて、盤面を直接手で触ったのである。邦訳はこれがわからず「盲人用水晶時計」なるものを発明してしまった。


【訳文】

「ぼくは工場へ行かなくちゃならないから」と彼は用意しておいた嘘を調子よく言った


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,175頁
【原文】

"I have to go to the plant," he said, modifying the lie he had ready.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

用意してあった嘘をちょっと「修正して」言ったのだが、邦訳がなぜ「調子よく」だと思ったのかは不明。


【訳文】

ヴァンのオイルは四分の一に減っていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,176頁
【原文】

The van was a quart low.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は減らしすぎ。「オイルが1クォート減っていた」のである。


【訳文】

彼は男のベルトを引き抜いて、ずり落ちたズボンの前へその注ぎ口を放り出した


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,178頁
【原文】

He pulled out the man's waistband and dropped the spout down the front of his pants.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

邦訳は例によってなんとなくの雰囲気訳で間違い。ベルトを引き抜いてできたズボンと腹の隙間に、オイルの注ぎ口を落とした(突っ込んだ)のである。


【訳文】

その腐った目で自分を見ろ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,179頁
【原文】

Keep your pig eyes to yourself.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 35

「見ろ」ではなくて「目を離すな」。「二度とおかしな真似をするな」みたいなこと。


【訳文】

そっけないが、信頼のおける見解だ。正しく認識している


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,181頁
【原文】

A dry vote of confidence, much appreciated.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

邦訳は出鱈目。 "vote of confidence" は信任票のこと。グレアムはボウマンの自分宛てのメモに、自分に対する信頼感を読み取ったのである。そして "much appreciated" はお礼の言葉。自分に対する信頼に「ありがたいことだ」と言っているのである。


【訳文】

音量の調節が行なわれる


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,181頁
【原文】

A shift in the quality of the sound.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

聴いているテープの「音質」が(鑑識が上から録音した資料番号とかの情報から、犯人が録音した音声へと)変化したと言っているのである。


【訳文】

藤色の重みのある封筒だ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,184頁
【原文】

Heavy mauve stationery.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

これは重さのことではなくて、藤色の色が濃いのである。


【訳文】

〈竜〉をやっつけるチャンスをわざと逃がしたんじゃないことだけははっきりしていたので、それがせめてもの救いだった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,187頁
【原文】

The certain knowledge that he would not knowingly miss a chance at the Dragon reprieved him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

邦訳は例によって時制が読めていない。今後チャンスがあったときに逃すことはない、と未来のことを言っているのである。 "would" になっているのは地の文の基本が過去形だから。


【訳文】

貴様みたいなろくでなしにはもうんざりだ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,187頁
【原文】

I'm just about worn out with you crazy sons of bitches.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

邦訳では「貴様」が誰を指しているのか不明。 "sons of bitches" と複数形になっていることから、これはレクターとトゥースフェアリー(=ドラゴン)の二人を指していることがわかる。「どいつもこいつも気違いばかりでこっちの頭もどうにかなりそうだ」みたいな。


【訳文】

主として探してるのは写真立てなんだが……映写機とムービー・カメラもなくなってるんだ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,194頁
【原文】

This is mainly what I'm after, though — a movie projector and a movie camera are missing too.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 36

「写真立て」は直前に出てくるのだが、そんなものがメインなわけないのであって、この "this" はこれから言うもののことを指しているのである。「それで、主として探しているのはこっちなんだが――映写機とカメラもなくなってるんだ」ということ。


【訳文】

ヴァンの横にいた男は片方の足を轢かれそうになってうしろへとびのいた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,207頁
【原文】

The man beside the van skipped backward to save his feet.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

"feet" と複数形になっているのをなぜわざわざ「片方の足」としてしまうのか謎。


【訳文】

おれのうちの二階で〈竜〉はおれの手作りの額縁に入れた絵の中で待ってる。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,211頁
【原文】

Upstairs in Dolarhydes house, the Dragon waited in pictures he had framed with his own hands.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

「自分の手で額に入れた」のであって額縁が手作りなのではない。


【訳文】

しかしフランシス・ダラハイドの声が〈竜〉をののしるのを聞いたことは一度もなかった。

「そんなことはやめろ」

いま耳にした声はこれまで絶対に〈竜〉をののしったことのない声だった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,212頁
【原文】

But he had never heard the voice of Francis Dolarhyde curse him.

"Don't do that."

The voice he heard now had never, ever cursed him.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

目的語 "him" が指示しているのはダラハイド本人。ドラゴンを指すときは "Him" のように語頭が大文字になる。自分を一度も罵ったことのない声が「(自殺は)やめろ」と言っているわけだ(実際直後に思いとどまる)。


【訳文】

階段を一足とびに駆けあがりながら、精いっぱい大きく鼻腔から甲高い音……引き伸ばしたような声……を立てて思考を抑えた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,214頁
【原文】

A high humming through his nose as loud as he could to numb thought, drown out voices as he climbed the stairs at a run.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

邦訳は "drown" を "drawn" と見間違えて "drawn out voices" を「引き伸ばされた声」と解しているのである(もちろん意味不明だし訳者もわからないので「引き伸ばしたような声」と「ような」をつけてお茶を濁している)。正しくは "numb thought" と "drown out voices" が並んでいるのであって、「思考を鈍らせ、声をかき消す」ために(口蓋裂の)鼻から大きな音を発しているのである。


【訳文】

ねえ、ダラハイド、誰か行かせましょうか? それほど熱がありそうな声でもないけど。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,216頁
【原文】

Hey, D., do you want me to send somebody? You don't sound so hot.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

ダラハイドは最悪の状態で電話していて、リーバはかなり心配しているのだから、「熱がなさそう」なわけないし、声で熱のあるなしがわかるわけない。ここは「すごく調子が悪そうだけど」の意。


【訳文】

ダイナマイトのケースが入ったトランクには小型のスーツケースも入っていて、現金、いろんな名前のクレジット・カードと運転免許証、ピストル、ナイフ、そしてブラックジャックも詰めこんであった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,217頁
【原文】

In the trunk beside his case of dynamite was a small valise packed with cash, credit cards and drivers licenses in various names, his pistol, knife and blackjack.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 38

ここは誤訳ではないが――この「ブラックジャック」は第20章(邦訳上巻338頁)でラウンズを襲ったときに使ったスラッパー(フラットサップ)のことなのだがたぶん訳者はわかっていない。当該箇所では「角材」と誤訳していたので。


【訳文】

これ以上一階を見ている暇はなかった。彼は出口と来館者用のエレベーターの位置はわかっていた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,219頁
【原文】

There was no more time to learn the ground floor. He knew where the exits and the public elevators were.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 39

「わかっていた」というと以前からわかっていたことになるが、ダラハイドは下見に来ているのだから、当然いま「わかった」のである。


【訳文】

シャツの下には平べったい九ミリ口径のピストル、革で包んだ短い棍棒、剃刀のように刃の鋭いフィレナイフもしのばせている。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,226頁
【原文】

He had a flat 9-mm pistol, a leather sap and his razor-edged filleting knife under his shirt.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 41

まあこれでもいいのだが、おそらく訳者はこれが邦訳上巻338頁で「角材」、邦訳下巻217頁で「ブラックジャック」と訳したものと同じ武器だとは気づいていないだろう(少なくとも読者にはわからない)。


【訳文】

ダラハイドは自分のペンを用意していた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,228頁
【原文】

Dolarhyde had his own pen ready.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 41

過去完了ではなくただの過去形なので、あらかじめ「用意していた」のではなく、ここで初めて「用意した」のである。つまり、ペンを取り出して、キャップを取るとか、ノックしてペン先を出すとかの行為をしたということ。


【訳文】

彼は胸の中で呟いた……

――「あなたをびっくりさせたんじゃないでしょうね」とレバ・マクレーンは言ったっけ……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,236頁
【原文】

He held in voices.

I hope I didn't shock you, said Reba McClane.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 41

「声が出そうになるのを抑えた」のである。邦訳は「呟いた」にしたうえで、次の段落の内容をその「呟き」の内容であるかのように書いているが明らかに間違い。


【訳文】

クロフォードは陪審員席のうしろの列に坐って〈インディアン〉印のピーナツを食べていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,242頁
【原文】

Crawford sat in the back row of the jury box eating Red-skin peanuts


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 42

これは「皮付きピーナッツ」のことだろう(赤褐色の薄皮がついたままのやつ)。


【訳文】

家族映画のフィルムのうす汚れたリールが二本で、それぞれがサンドイッチのビニールの空き袋に入っている。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,242頁
【原文】

two dusty rolls of home-movie film, each in a plastic sandwich bag.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 42

邦訳では、コンビニとかで売っているサンドイッチの包み袋を食後に再利用しているようにしか読めないが、もちろん違う(仮にも証拠品である)。サンドイッチバッグというのは要するにジップロックみたいなビニール袋のこと。


【訳文】

四月十日から月末までの間に銀行がどんなテレフォン・ショッピングの代金を払ってるか調べてみよう。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,251頁
【原文】

Let's see what service calls they paid for between April 10 and the end of the month.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 42

"service call" というのは「訪問修理」のことである。ここでは、地下室から邸内に通じるドアが存在することを犯人がどうやって知ったのかという問題から、犯人が下見時点で邸内に入っているはずだという推理をし、それを確認しようとしているのである。「テレフォン・ショッピング」なわけがない。数頁後まで「テレフォン・ショッピング」が出てくる箇所はすべてこの間違い。


【訳文】

グレアムは縮みあがって歯を食いしばった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,257頁
【原文】

Graham winced and his teeth clicked together.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 43

「縮みあがって」は臆病すぎだろう。「顔をしかめて」くらい。犯人がNYに現れたと聞いて、また殺人事件が起こってしまったのかと身構えたのである。


【訳文】

指紋はきっと採ったろう。しかし照合するものがなけりゃ、指紋を採って何になるってんだ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,265頁
【原文】

They must have a print. Why fingerprint if they didn't have something to match it to.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 44

邦訳はこの二文の関係を「逆接」に読んでいるが間違い。第二文は第一文の判断の理由である。ここでダラハイドは、自分の会社で警察が指紋採取の作業をしているところを目の当たりにし、それを与件として第一文の判断を下している。

つまり第一文は「FBIは〈犯人の指紋〉をすでにもっているはずだ」という判断であり、第二文は「なぜならばその〈犯人の指紋〉と照合するのが目的でなければ、いまここで指紋採取などしても意味がないからだ」という理由付けである。第一文の "a print" と第二文の "something" は同じ対象(=犯人の指紋)を指しており、第二文の "fingerprint" はいま警察が採取しようとしている指紋を指しているのである。


【訳文】

〈ビーダー化学〉の従業員で身分保証が確かで除去できる名前は、調査の能率をあげるため付箋を貼った。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,270頁
【原文】

Names of Baeder employees with security clearances were flagged for faster handling.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 45

邦訳のようにやって能率が上がるわけがない。さて "security clearance" というのは機密情報へのアクセス権のことである。FBIが目をつけている会社は「ゲートウェイ」であり「ビーダー化学」は子会社なので直接の対象ではないのだが、子会社の従業員であっても(親会社の)機密情報にアクセスできる者については優先順位を上の方にしておこうということである。あと "flag" だからといって付箋を貼っているとは限らないので「チェックした」とかの方が無難。


【訳文】

ほかの人たちだったら彼の言うままにゆっくりやるだろうか?……


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,282-3頁
【原文】

Did the others fool along with him?


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 46

ただの過去形なのだからちゃんと過去形として訳さないと。 "the others" というのは自分と同じようにダラハイドに殺されかけた人たちのこと。その人たちは実際殺されたのだが、その結果を招いた選択が「言いなりになる」だったのかどうか、という疑問文。


【訳文】

小道をジグザグに、早く歩いたり、小走りになったり、走ったりした。砂利道からそれて草むらを感じると向きを変え、できるかぎり急いだ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,283頁
【原文】

Highway that way, a fast walk and trot and run, fast as she could, veering when she felt grass instead of gravel, zigging down the lane.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 46

邦訳だとわざとジグザグに進んでいるようだが、すぐ後ろに殺人犯がいるのにそんな逃げ方はしない。そうではなく、盲目のリーバは道をまっすぐ進もうとしてもすぐにそれて草むらに足を踏み入れてしまうため、そのたびに方向転換をすることになり、結果としてジグザグになってしまうのである。原文の語順ではそのことが正しく読み取れる。


【訳文】

彼を呼び出そう


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,288頁
【原文】

Let's take him out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 47

FBIが犯人を特定した瞬間の台詞である。どこの世界に犯人を呼び出す警察があるのか。ここは「こいつで決まりだ」とか。


【訳文】

髪の毛があった……毛深い耳……彼女はその毛の下の何かやわらかなもの中に手を突っこんだ。どろどろしたもの……とがった骨の破片……そしてその破片から目玉が垂れさがっている


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,293頁
【原文】

she found hair, a hairy flap, put her hand in something soft below the hair. Only pulp, sharp bone splinters and a loose eye in it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 48

「毛深い耳」って何? ここは盲目のリーバが、ショットガンで吹き飛ばされた死体の頭を手探りしている場面。まず髪の毛に手が触れ、それが頭蓋骨の破片から生えていることに気づき、それから頭蓋骨の中に手を突っ込んで、そこで目玉を触ったのである。死体は倒れているのだから目玉が垂れ下がったりはしないし、仮に垂れ下がっていたとしても、手探りなのだから「垂れ下がっている」のような描写は無理。


【訳文】

エインズワースは地元の消防署長が熊手を手にして焼け跡の灰の中に入っていくのを見ると、びっくりしたような顔をした


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,299頁
【原文】

Aynesworth winced as the local fire marshal reached into the ashes with a rake.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

署長がなぜ現場でそんな作業を。 "fire marshal" は「消防保安官」。 "wince" はあまり内容を忖度せず「しかめる」としておくのが無難。


【訳文】

残りは?

「たくさんは残ってないだろうが、いつだって何かは残る。丹念にふるいにかけて調べないといかんな。見つけるさ。そしたら小さな袋に入れて君に渡してやるよ」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,302頁
【原文】

"How about remains?"

"There may not be a lot, but there's always something. We've got a lot of sifting to do. We'll find him. I'll give him to you in a small sack."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

原文で二回も "him" と言っていることからもわかるように、ここで話題になっている "remains" は(犯人の)「遺体」のことである。


【訳文】

個人的な感情をまじえないで接した方が、うまくいくこともある。が、レバ・マクレーンの場合、彼はそうは思わなかった。

彼は自分の身分と名前を言った。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,302頁
【原文】

Sometimes it was easier for them if you were impersonal. With Reba McClane, he didn't think so.

He told her who he was.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

この "impersonal" は「匿名」ということ。個人名を告げずにただ捜査官として接した方が相手が話しやすい場合もあるが、この場合は違うと踏んだからこそ、グレアムは名乗ったのである。


【訳文】

彼が病室へ戻ってみると、彼女は青ざめてはいたが、顔はきれいに拭いたのでつやつやしていた


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,303頁
【原文】

She was pale and her face was scrubbed and shiny when he came back into the room.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

嘔吐したから拭いたのであってそれでつやつやするわけない(火災からの生存者なのである)。接続詞も逆接ではない。拭いた水気が残っていて光っていたということ。


【訳文】

彼女がテレビでドナヒューのニュースを聞いてね、みんなはその話で持ちきりだったよ


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,303頁
【原文】

She was looking at Donahue and they broke in with it.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳は雰囲気訳で間違い。正しくは、テレビのニュース番組を観ていたら「速報が入った」と言っているのである。


【訳文】

わたし、とっても情なくなるわ、ウィル。ウィリーの父が亡くなったあと、わたしはここへきたんですからね


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,307頁
【原文】

I got so sad, Will. You know I came up here after Willy's father died.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳はここでどういう会話がなされているのか理解していない。この部分、正しくは「私、つらかったの。ねえ、ウィリーの父親が死んだ後、私、ここに来たでしょ」である。ここというのはウィリーの父親の実家である。この後モリーは、その時ウィリーの祖父母と一緒に過ごして心が落ち着いたことを打ち明け、いま再びウィリーの祖父母と一緒にいてやはり心が落ち着いていると告げるのである(が、そのことが邦訳からは読み取れない)。


【訳文】

彼女はいつもの口癖が出る。まるで役人のような口調で“ウィリーの父”と言うのだ。名前で言ったことは一度もない。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,307頁
【原文】

She always said "Willy's father" as though it were an office. She never used his name.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

この "office" は「役職」のこと。「ウィリーの父親」という言葉を例えば「うちの課長が」みたいな感じで使うと言っているのである。邦訳は文法無視の雰囲気訳。


【訳文】

「大した違いはないじゃないか……ぼくは死んじゃいないんだし」

「そういうことじゃないの」

「じゃどんなことだ? ほんとにどんなことがあるっていうんだ?」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,308頁
【原文】

"Small difference: I'm not dead."

"Dont be that way."

"What way? Don't be what way."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳はこの部分全部間違い。まずグレアムは、モリーが前夫が死んだ時のことを引き合いに出すので、「ちょっと事情が違いませんかね、俺は生きてるんだぜ」と、かなり皮肉っぽく指摘している。それに対しモリーは「そんな言い方やめて」と言い、最後にグレアムが「そんな言い方ってどんな言い方だ? なあ、どんな言い方なんだよ」と突っかかるのである。


【訳文】

彼らはくだらないことばかり言うので、聞いてると胸くそがわるくなる……そんなことがまたかと思うと


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,308-9頁
【原文】

They're full of shit and they make me sick — try that one.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 50

邦訳は無根拠な雰囲気訳。正しくは、ダーシの後は「これならどうだい?」。グレアムは妻の前夫の実家に行きたくないのでいろいろ理由をつけていたが、妻がなかなか納得しないし自分は疲れているしで、やけくそになってダーシの前のような言い方をしたのである。


【訳文】

拳銃は比較的いい状態で出てきたからね。弾道はたぶん一致するだろう


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,312頁
【原文】

"The pistol came out better," Aynesworth said. "Ballistics may be able to make a match with it."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 51

ここは「弾道」の話をしているのではない。 "Ballistics" は銃弾と銃器の照合など全般を扱う課の名称であって、ここでは犯行現場で採取された弾丸と、いま見つかったピストルの間で線条痕が一致することをその課で確認してくれるだろうということ。


【訳文】

バッグの一つには十二、三センチほどの炭化した人間の大腿部と、尻のまるくふくらんだ肉塊が……もう一つには腕時計が入っていた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,312頁
【原文】

One bag contained five inches of a charred human femur and the ball of a hip. Another contained a wrist-watch.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 51

邦訳は「肉」だと思い込んでいるが、これは「焦げた大腿骨と股関節球」であって「骨」である。


【訳文】

もっといい顔はできないのかね?


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,315頁
【原文】

Nothing sweeter, is there?


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

これ以上 "sweet" なものはないだろ? ということで、「最高だろ?」と言っているのである。


【訳文】

だからしまいに彼は着陸だけを眺めて、こんにちはと心の中で言うようになった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,316頁
【原文】

He learned to watch only the landings and hellos.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

「着陸とハロー」を眺めるのである。


【訳文】

お食事の前にまず家の中に入らなくっちゃ。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,318頁
【原文】

What you ought to do is come on in the house before you get eaten up.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

食われる( "get eaten up" )のはグレアムである。つまり、(直前の文で顔にたかる蚊を追い払っていることからもわかるように)「蚊に食われないうちに早く家の中にお入りなさいな」と言っているのである。


【訳文】

タンカレー・マーティニに、ステーキに、あとはご注文しだい


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,318頁
【原文】

Tanqueray martinis, steaks, hugging and stuff.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 52

「タンカレーマティーニでしょ、ステーキでしょ、ハグでしょ、あれでしょこれでしょ」みたいな感じ。邦訳がなぜこんなふうにしているのか理解不能。


【訳文】

が、そっくり同じにはいかないとわかると、歓迎されないものがその家の中にいるような、何とも言いようのない気持ちがわだかまった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,319頁
【原文】

When they saw that it was not the same, the unspoken knowledge lived with them like unwanted company in the house.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 53

以前と同じようにはいかないことを二人とも悟り、その「以前と同じようにはいかない」という認識について二人とも口にはしない( "the unspoken knowledge" )けれども、しかしまるでその認識が歓迎されざる客のように感じられたと言っているのである。


【訳文】

彼は彼女が部屋を出るとき音をさせた。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,328頁
【原文】

He made a noise as she left the room.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

邦訳では意味不明。昏睡状態だったグレアムが目を覚まして音をたてたから、そばで看病していたモリーが気づいて医者を呼びに行ったのである。


【訳文】

みんなが彼をソーッと引っぱったり強く引っぱったりして、彼の頸に何本ものコードがつきでるような処置をした時は、まだ窓は明るかった。


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,328頁
【原文】

The window was light when they pulled and tugged at him and did things that made the cords in his neck stand out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

邦訳は「コード」というのを医療器具だと思っているようだが間違い(それならチューブと書くだろう)。 "cords in the neck" というのは「首の筋」のこと。リラックスしているときはこれが浮かないが、歯を食いしばったりして首のあたりを緊張させるとこの筋が浮き出る( "stand out" )。つまり、グレアムは激しい痛みを伴う治療をされたのである。


【訳文】

「まあ、ジャック。とってもお元気そうね。彼が顔に移植手術を受けたこと、話しましょうか?

話さない方がいいよ、モリー」


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,329-30頁
【原文】

"Hello, Jack," she said. "You're looking really well. Want to give him a face transplant?"

"Don't, Molly."


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

邦訳は出鱈目。モリーが「あなたのその元気そうな顔の皮膚をグレアムに移植してあげる?」と皮肉を言い、クローフォードが「そいつは勘弁」とかわしているのである。


【訳文】

ラングの死体は完壁だった。とにかく歯は一本もなかった


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,335頁
【原文】

Lang was perfect. He didn't have any teeth anyway.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

ラングは「もともと」総入れ歯だった(邦訳下巻177頁参照)。それが完璧だと言っているのである。邦訳は(「とにかく」などと言っていて)理屈になっていない。


【訳文】

もし彼女が狼狽のあまり気が動転して、壁や何かに突きあたったり動きがとれなくなってたら、彼は彼女を棒でなぐりつけて失神させ、外へ引きずり出してたろうと思う。彼女は自分がどうして外へ出たかなんでわかりっこないからな


小倉多加志(訳),『レッドドラゴン 下』,ハヤカワ文庫,335頁
【原文】

If she had panicked too much, run into a wall or something or frozen, I guess he'd have sapped her and dragged her outside. She wouldn't have known how she got out.


Thomas Harris, Red Dragon, Berkley Books, ch. 54

失神させて引きずり出した場合は、自分がどうやって外に出たかわからなかっただろうがな、と反実仮想的に言っているのである。この直後、そうした問題はありつつも「しかしとにかく彼女が外に出る必要があった」と続くわけだ。

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