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2014年9月17日水曜日

トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』に登場するウィリアム・ブレイクの絵の題名について

新潮社から出ている映画『レッド・ドラゴン』のシナリオブックで、訳者の高見浩がこの作品に登場するブレイクの絵の題名に関して次のように書いていた。

最後に、このシナリオ・ブックを翻訳するうちに気づいた興味深い事実が一つあるので、記しておこう。ダラハイドのオブセッションの対象となる、あのウィリアム・ブレークの絵に関することである。ブレークは一八〇五年から一八一〇年にかけて、聖書の黙示録に由来する“大いなる赤きドラゴン”がテーマの水彩画を四枚描いている。まず、ワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵の“大いなる赤きドラゴンと海からの獣”そして、フィラデルフィアのローゼンバッハ美術館所蔵の“獣の数字は666”。残る二枚が問題なのだが、一枚はナショナル・ギャラリー所蔵の“The Great Red Dragon and the Woman clothed with the Sun”、もう一枚がブルックリン美術館所蔵の“The Great Red Dragon and the Woman clothed in Sun”。両者の絵柄はまったくちがうのだが、題名が微妙に似ている点にご注意いただきたい。日本語に訳せば同じような意味になるのだが、強いて訳し分ければ、前者は“大いなる赤きドラゴンと日をまとう女”、後者は“大いなる赤きドラゴンと日につつまれた女”くらいになるだろうか。そして、ダラハイドが魅了されているのは、ハリスの描写する絵柄からしても、またブルックリン美術館所蔵と明記されている点からしても、後者のほうなのだが、ハリスは――このシナリオ・ブックにおけるタリーも――そのタイトルとして前者“The Great Red Dragon and the Woman clothed with the Sun”のほうをあげているのだ。これはどういうことなのか。まさかケアレス・ミスではないのだろうが……と考えはじめて思いだした。ハリスは『ハンニバル』でも、実在する建物を持ちだしておきながら、そこに恣意的な変更を加えていた。つまりそれは、事実を書くと見せかけて、実はこれはフィクションなのですよ、と注記するハリス独特のテクニックなのかもしれない。


トマス・ハリス(原作),テッド・タリー(脚色),高見浩(訳),『レッド・ドラゴン――シナリオ・ブック』,新潮文庫,314-5頁

結論から言うと、この「題名が違う」件はガセネタだろう。実際、 Brooklyn Museum のサイトを見ても、絵の題名は "The Great Red Dragon and the Woman Clothed with the Sun" となっている。ちなみに National Gallery of Art のサイトでも同じタイトルである。要するに同じタイトルの絵が二点あるのである。念のため、フィラデルフィア美術館のブレイク展のカタログ(1939年)が見られたので確認したが、やはり同じタイトルで載っていた。

Brooklyn Museum 所蔵版の絵の上部の余白には "A Woman clothed with the sun, & the moon under her feet, and/upon her head a crown of twelve stars; and behold a great red dragon also" とあるそうなので、これでまあ間違いはないだろう。

他方、Wikipedia: The Great Red Dragon Paintingsには高見が書いているのと同じような指摘が書かれており、一部でこのネタが流通していた時期があったのかもしれない。

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