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2011年2月3日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習B」 第14回 鈴木伸元『新聞消滅大国アメリカ』

対象文献:
鈴木伸元,『新聞消滅大国アメリカ』,幻冬舎新書



以下、出席者の感想。

  • 新聞とネットどちらかでいいかどちらもがいいかと言われたとき、私はネットだけでも良いのかなとも思った。手軽だし、最新の情報が出てくるのは、逆に良いことだと思ったので。でも、万人に対して友好的だという点を聞いたときに、どちらもあるべきかもしれないと思った。

  • 新聞がなくなるかもと考えた時、ただメディアの1つの媒体がなくなるだけでなく、色々な問題を抱えているのだとわかった。新聞が社会にうまく合わせていくか、新聞が今担っている役割を請け負う、別の何かが、今後必要になってくるのではと思った。

  • 新聞がなくなったら、どうなるのか考えたことがなかったので、いろいろな人の意見が聞けて面白かった。次回は意見を言えるよう頑張りたい。

  • 「新聞」がなくなりつつある、ということだが、ネットでの配信が進んでいるという。ネットで配信されているものも新聞と読んでしまうのは少し寂しい気がした。これまでの形を失ってしまったものを、それでも「新聞」と呼ぶのには抵抗がある。

  • 新聞は整理されていて、あった方がいいと思うけど、私は日頃新聞を読まないし、ネットの記事も見ない。けど、テレビのニュース番組を見れば最低限の情報は得られるような気がする。

  • 最後の〇〇さんの意見を聞いて、新聞がなくなると地方の情報があまりネットで伝えられなくなったら困る部分もあるんじゃないかと思った。毎日新聞や読売新聞みたいな新聞を読んだことがなかったので、広告の多さに驚いた。

  • 私は新聞とインターネットのニュースは使い分ける人です。ネットのニュースは膨大ですぐに更新されるため、速報として、「そういうことがあったのね」くらいにとらえ、過去のニュースを追いかけて読もうとは思わない。新聞は開いてすぐに記事が目に入るので見やすいし、ネットのようにすぐ流れないのでじっくり読めるようになると思っている。気になった情報があればすぐその面を開けば読めるので、探す手間を考えるとインターネットよりも新聞の方が案外便利な気がする。今回の話は辞書と電子辞書、本と電子書籍の話に似ているような気がする。

  • 来週は発表なので頑張りたい。

  • 新聞とインターネットそれぞれ特性があるであろうが、正確に情報を伝えられるものならばどちらでも差異はあまりないような気がした。

  • 私は新聞は新聞として(紙として)残ってほしい。残るためには何が必要か色々考えた。ひとつは、収入システムを変える、もしくは、何らかの保護をする。ふたつめは、何か新しいアイディアを取り入れる、だ。ブランドの話を利用すれば、人々はみな新聞のよさ、ネットニュースのよさに気付いている。それで新聞ばなれがすすんでいるということは、ネットを要している人が増えているということだと思う。それでも新聞を残すためには、新たな方法を講ずるしかないのかなと思う。あと、ネットでニュース見るのは、新聞をよむより、私にとってはかなり能動的な作業が必要だと感じている。虫めがねとか、ろうがんきょうがある!!!

  • 報告者の感想  ネットと紙の賛否両論があって、自分もまた考えさせられた。10年後にも同じ議論をしたら、私の立場は変わっているかも。反省は、すぐに意見を言葉にして言えなかったこと。分かりづらくてごめんなさい。

  • 報告者の感想  自分の考えの甘さを痛感しました。全然、質問に答えられなくて申し訳ありませんでした。

  • コメンテータの感想  コメントでした。報告者の方とやりとりをしたり、いろんな方のお話を聞いていく中で、新しく疑問に感じたこと(どうしてニュースサイトはもっと見やすくまとめないのかとか)があってたのしかったです。紙の新聞も、ネット上の新聞(ニュース?)もお互いに良い点があると思うので、どちらか一方になったらさみしいとおもいます。

  • 司会者の感想  司会者として、報告者の意見をまちすぎたり、フロアの方にタイミングよくまわせなかったことが反省点です。でも楽しく議論できた点は良かったと思います。