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2011年7月28日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習A」 第15回 ウィトゲンシュタイン『青色本』

対象文献:
ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン,大森荘蔵(訳),『青色本』,ちくま学芸文庫


以下、出席者の感想。


  • 報告とコメントを聞いても、理解はできましたが、疑問点を見つけることはできませんでした。しかし、三谷先生の質問や、説明を聞いているうちに、自分が何をわからないのかがわかりました。三谷先生の疑問点に、私も同じ疑問を感じました。自分が、何をわかっていないかを知ることは難しいことだと思いました。

  • 本書の内容のみならず、背景なども踏まえての報告だったので興味深かった。授業の趣旨とは異なると思うが、先生と報告者のやり取りがおもしろかった。

  • とても論がぐるぐる回っているように思えて、思考がうまく働かなかった。

  • 結局、他人の心の中で感じていることははっきりとは分からないものだと思った。というのも、よく人と話をしていて「その気持ち分かる~」みたいなことを言われるが、私としては分かってたまるかと思うこともあるからです。で、こういった発言をするのって、似たようなことを経験したからなんだなと思いました。

  • 最終回らしく一番頭を使った回になった。白熱した議論を聞くのは面白いです(笑)

  • ◯◯さん[=報告者]の最終的な結論が、他人の意見をそのまま使っているのがやりづらい。自分だけで考えた自分なりの意見といった意見を述べてくれたほうが発言しやすかったです。今回の議論になったことは、もっと根本から考えないといけないのかなと思った。

  • 報告者はウィトゲンシュタインの主張に疑問を呈しておきながら、議論が進むにつれて、ウィトゲンシュタインを援護する形になっていたと思った。

  • 部分的には分かる所もあったが、◯◯さん[=報告者]のレジュメは長大で濃厚であったため、全体の流れが分かりづらかった。

  • 今日は報告者と三谷先生がバトルしてました。独我論の面白さは現実対応から否定することではなく、そのような想定ができてしまうということであり、世界が一人称で捉えられる限りでは回答不可能である。独我論は言語を用いて世界を二人称で捉えるとき、あるいは、三人称で捉える世界を考えていくことで発展するものである。

  • この議論において私的言語と公共的言語が使われていたんですが、他人の言語においては感覚は比較しえないと思いました。よって、自分の中の感覚においてしか他者の感覚を示す言語を理解することはできないと思いました。

  • 感覚するということや、理解するということがどのようなものなのかについて深く考えさせられる機会となった。

  • よく他人の痛みを理解するというような言葉を聞くが、今日の議論を聞いて、自分以外の痛みを理解することはできないと思った。安易にそのようなことを言わないほうがいいと思った。

  • 恐らく一番発言の少ない会でした。全体的にですが。でも、やはり聞いているだけでも大分勉強になりますね。・・・本当に理解力欲しいです。ウィトゲンシュタイン組のみなさん、おつかれさまでした。

  • 今日は話題が見つけられず、意見を述べられなかった。今までで一番難しいテーマだと感じました。

  • 相手のことを本当に理解することは無理なのだと感じた。難しかった。

  • 感覚は全人類が共有できるものなのか。はたまたやはり個人しかもちえないものなのか。おもしろい。

  • 報告者の感想  今回の演習を通じてウィトゲンシュタインを深く学び直す機会を得ることができ、感謝いたしております。

  • コメンテータ1の感想  言葉についても言葉を用いて議論しなければいけない。言葉で説明できないものについて言葉で説明しなければならない。割り切るしかないんでしょうか。

  • コメンテータ2の感想  ウィトゲンシュタイン、難しかったです。感覚の話とか、言語の話とか、内容のレベルがとても高かったです。最後の講義、お疲れさまでした。

  • 司会者の感想  今日、初めて司会をしてみて、こんなに難しかったんだと思いました。議論が全然分からないところに行ってしまって、なんかもう、力不足を痛感しました。終わってすごく安心しました。いつか司会が上手くなれたら良いです。



今回は最終回なので、この授業全体についての感想も書いてもらいました。

  • この人文総合を経験してみて、自分の平凡さとか浅さとかを目のあたりにすることができました。私は今まで、こんな所で発言なんてできるタイプではなかったけど、少し発言できてよかったです。

  • 全体を通してみて、つらかったです。特にテスト前の今回などは眠くて眠くて・・・とても大変でした。でも、何かしらの進歩はあったと思います。お世話になりました。

  • 自分の中で大きな意味をもつ授業でした。この授業を受講しなければ、こんなにたくさんの哲学書を購入することもなかったし、無理くり哲学者に対して批判を加えることもなかったと思います。大変でしたが有意義でした。ありがとうございました。

  • 参加させて頂きまして、ありがとうございました。

  • いかにも宣伝のようなコメントになってしまうかもしれませんが、本音です。この授業を受けて、レジュメ作成の力がついたのはいうまでもなく、物事を深く考える力がついたと思います。毎回の皆さんとの討論も楽しく、哲学的思考のきっかけをもらいました。

  • (主に先生と報告者・コメンテーターの方との)議論を通して、とても勉強になった。相手に質問をし、その答えを前提に議論をするとか・・・ 色々な本をよんでとても勉強になったが、背景知識が不足していたので、そこを勉強し直してからもう1度よみ返してみたいと思う。「自分の考え」を論理的に伝えることの難しさ、そして大切さを学んだ。

  • このゼミはグループ学習ではなく、ほとんど個人で討論会をする形で、一人ひとりの発言が、はっきりと聞いたり話たりすることができて楽しかった。いろいろな人の意見が聞けたし、討論するときの言葉一つ一つの意味の重さというのを初めて実感することができたので、良いゼミをとれたなと思いました。ありがとうございました。

  • 竜頭蛇尾といいますか蛇頭無尾になってしまいました。理解力つけないとマズいですね。この授業で学べた一番のことだと思います。レジュメの作成能力も少しは上がってくれたことと思います。後期の人総Bに活かしていきたいです。実りある授業をありがとうございました。

  • 本当にたくさん本を読みました。でも、理解をきちんとできた本は無かったです。もう一度読みたい・・・とは正直思いませんが、せっかく買ったのでもう一度手にとってみたいと思います。自分で貼ったふせんやマーカーが愛しいです。ありがとうございました。

  • この講義を受けてみて、沢山苦労したこともあったし、本の内容についていけないこと、報告時の反省等も多々あるが、とても良い経験になった。また、扱った文献をもう一度読み直したいと思う。

  • 15回の授業を終えて、今までこんなに物事を考えたことがないくらい、頭をつかったので、とてもいい経験になりました。

  • きつかったが、「これが大学の授業かぁ」と実感することができる授業だった。哲学の道には進むことはないと思うが、この授業で培った能力は他の授業のレポート作りに役立つと思うし、大変有意義であった。

  • レジュメを、毎回授業の前に読めたらよいと思った。が、日程的に難しいので、そんなことはできなく、初見の文を読む訓練になったと思う。キツかったけど楽しかった。

  • 本を読んだり、人の考えをもう1度自分で考えていくことで新しい見方や考えが生まれて、話し合うことがおもしろかったです。

  • 「一番大学の授業らしいな」と感じたのが、最初の印象でした。正直、毎週難解な本を読むのはしんどかったです。でもここで学んだことは、絶対将来役に立つと思うので、有意義な授業でした。

  • 13冊あっというまでした。正直死にそう、むしろ死んでましたが、いい経験になりました。ありがとうございました!

  • 今まで自分の考えを示すという機会さえ少なかったけれども、今回は哲学書を読んだ上で、自分の考えを発表するというのは、とても良い体験になりました。みなさんありがとうございます。

  • 自分の読書ペースならこの授業もいけるかと思ったが、結局は内容をつかみきれないままになってしまうことが多かった。なかなか発言できなかったが、レジュメ作成や、皆の前での報告はよい経験だった。

  • 自分の報告の担当のときは、何でこの授業をとったんだろう!?と後悔しました。しかし担当をやり終えてみると、厳しくはありましたが、たくさんの事を学ぶことができ、よかったと思います。自分の言いたい事を言葉で表現することの難しさを身をもって知ることができたのは、大きな収穫だと思っています。三谷先生、ありがとうございました。



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