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2011年5月12日木曜日

新潟大学人文学部「人文総合演習A」 第4回 アリストテレス『哲学のすすめ』

対象文献:
アリストテレス,廣川洋一(訳),『哲学のすすめ』,講談社学術文庫



以下、出席者の感想。

  • やはり哲学というのは唯でもできるのではないかと思う。考えるだけでよいので、時、場所を選ばず、どんな年齢の人でもできるからだ。まあ、そもそも哲学という言葉の意味自体分かっていませんけど。

  • ◯◯氏[=報告者2]の論文では、私はなかなか穴を見つけることはできなかった。一つもやもやしていることは絶対的善と相対的善のことである。相対的善とは主観的なものであると思ったのだが、主観ではない正しいものが見えてこないこともある。もっと大きい視点から見た絶対的善も存在するのではないかと思った。

  • 正直よく分かりませんでした。哲学の意味がそもそも自分ではよく分からなくて、なかなか発言できませんでした。「なんで人は生きてるんだろう」とかはやはり誰しもが考えることで、アリストテレスが人間じゃないとみなした奴隷でさえも、やっぱり「自分らってなんで生きてるのかな」って考えるときはあったと思います。つらい境遇にあればあるほどそうだと思います。頭が疲れました。

  • 善に関するアリストテレスの議論から、個と社会との関わりについて後世発展することになる確信が導き出されることを再確認しました。

  • 哲学的なことではないかもしれないけれど、一人一人が本当に得たいものを得るときに魂がよくなるのだと思う。「善い」ものについて考えるいいきっかけになった。考えを深めていけばその先に自分の人生に本当に必要なことが見えてくるのではないかと思う。

  • 最後に話に挙がった、利益や快楽に関してですが、哲学を勉強している人で、哲学が嫌いな人は、中にはいるかもしれないけど、大半の人は好きでやっているんじゃないかと思います。私としては“好きなもの”は快楽につながると思うし、哲学は私も結局自分の知識を深めたりするうえでは利益になるのではないかと思います。言いたいことがまとまらず、発言することができなかったので、次回はもっと積極的に議論に参加していこうと思います。

  • 正直なところ準備不足でした。あまり読み込んでない上に、自分の考えもまとまっていなかったので、頭の中がごちゃごちゃになりました。うまく質問したり意見を言うこともできなく、申し訳なかったです。そもそも哲学とは何なのかがわからないです。このことが心に大きくひっかかって気持ち悪いです。

  • 時間の関係で発言を控えていましたが、美しいもの、善いものというのは、幸せなのではないだろうか。幸福を感じた時、幸せだなあと感動すると思いますが、アリストテレスもこの感動こそを求めるべきだと思っていたのではないだろうか。よりよく生きること、というのは人によってさまざまあり、庶民にも、もっと幸せというのを知ってもらいたい、もっと哲学してもらいたいと思って、多くの層の人に対してこの本を書いたのだと思いました。

  • アリストテレスは哲学をだれがするものだと考えていたのか。今日の一大テーマだったように思います。結局、奴隷は人間とみなしていないのでそれ以外の人々ということなのでしょうか。

  • 「哲学する」ということは、個人的なことなのかもしれないと思った。私は、生きる上で哲学すべきだと考えるけれど、それを普遍的に、誰にでもあてはまるように哲学を定義するのは難しいことだと思った。だから、アリストテレスの論が曖昧になってしまったのではないだろうか。私にとっては、「良く生きるように努力すること」が哲学だと思った。これはこの先、自分の中で変わり得る定義だと思うし、こんな風に、自分なりの哲学に対する定義を、本を読む中で深めて行きたい。

  • 「哲学することとは何か」という根本的なことがらについて考えることができたが、考えれば考えるほど分からなくなってしまった。私は哲学できる人間なのだろうか? と、今日の演習は個人的に考えが深められて有意義だった。考えは思いつくので積極的に発言したい。

  • 利益を得ても、その利益を得た先に何か世の中のためになるような行為をすれば、それはそれで「よく生きる」ことになるのではないでしょうか。利益を全く得ずに喜んで生きることは困難ではないでしょうか。利益自体に善悪はないように思います、がどうでしょうか・・・

  • 着眼点が人によって様々で、自分の気づかなかった点に触れられたことが嬉しかった。

  • 哲学することは善いこと、のはずなのに、人間学コース(哲学)で学ぼうとする人が少ないのはなぜだろう・・・。

  • 今回も報告者の意見がとてもよく筋が通っていて、分かりやすかったです。途中で、“善いもの”というものということについて疑問を自分の中でまとめることができなくて、発言できなかったのが残念でした。

  • 報告者1の感想  開始前はまな板の上の鯉の心理でしたが、いざ調理が始まったら意外と放置されてました。蛇足っぽかったですが、何とか発言も出来ました・・・。あとは理解力の養成ができればなおよいと思いました。質問の趣旨外しすぎでしたし。

  • 報告者2の感想  みなさんに聞きたかった「私たちは哲学をすることができるのか」ということについて聞くことができてよかった。みんな概ね「できる」ということであった。そして私が常々思っていた、哲学すること=よりよく生きること=それって自分に対して利益を求めることじゃない? ということにも本書からは少しずれるが討論っぽいことができた。緊張した・・・。

  • コメンテータ1の感想  先生の友達の研究者は、生活を犠牲にして、哲学をしているのではないでしょうか。哲学することをあきらめれば、少なくとも、普通の暮らしができると思います。でもやはり、そこには情熱があって、そのおかげで哲学をしているのでしょうね。/利益の定義って難しいですね。

  • コメンテータ2の感想  そもそも哲学をするというのはどういうことなのか、哲学をするには何が必要なのか、が大きな論点になったように思う。またそれに関わって、善いものは何か、にも言及があった。一筋縄でいかない題材であったと思う。

  • 司会者の感想  沈黙の恐怖に負けてしまい、スムーズに会を進めることができず後悔が残った。今回は司会ということで、自分の意見・考えをいうことはしなかったが、皆の意見を聞くことができ、自分でこれから考えていくときに参考にしていこうと思う。


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